木崎 『日経ものづくり』編集長の木崎です。今回は金型を取り巻く環境の変化について考えてみたいと思います。

勝力 最近になって,金型について戦略を練りはじめた会社が多いように感じますよね。たとえば,ちょっと前の話になりますが,キヤノンが金型専業メーカーのイガリモールド(現キヤノンモールド)を買収したように。

木崎 戦略的に考え始めたのは,良いことだと思います。ただし,その一方では金型専業メーカーが少なくなっているのが気になります。先日,ある中小の金型専業メーカーの経営者と話をする機会があったのですが,腕の確かな同業者がどんどん辞めているという話をしていました。日本の製品力をこれまで支えてきた金型メーカーが少なくなっている。このことは,日本の金型力は総合的に落ちていることを意味しているように思います。これからの製造業にとっては危機と考えるメーカーが増え,戦略的に考えざるを得なくなったのではないでしょうか。

大黒 私は,日本のメーカーは昔から金型を“重要なツール”,言うなれば“戦略商品”として扱っていたと思うのです。なぜなら,日本製品の特徴は高付加価値,つまり高品質,高機能,低価格でした。そして,これらの源流には,質が高く,機能要求に応えた,長持ちの金型が必要不可欠です。しかるに,生産の要となる金型を何も管理せず野放しにしている訳がありません。それ相応に管理し,金型技術の内部留保も維持していたはずです。

勝力 これまでも金型の内製化に積極的なメーカーは多かったですよね。金型専業メーカーに任せる場合でも,長年の信頼関係から,技術相応のコストを支払った上で発注する例も多いはずです。

大黒 同感です。となると疑問なのは,なぜ今頃になって,金型が“戦略商品”であることを企業が再認識しているかです。私が思うには,コストダウンや人員削減などが行き過ぎた結果,戦略商品として取り扱う金型を絞り過ぎたことが根底にあると思います。

木崎 つまり,金型への投資基準が厳しくなった結果,多くの金型が戦略商品ではなくなってしまった,ということでしょうか?

大黒 最大の要因は,製造原価のコストダウンが追求された結果,金型も購入部品と同様に,より安く入手できる金型を利用するように方向転換したことだと思います。そして人員削減の結果,絶対的に多くの金型を管理しきれなくなった。金型を戦略商品としてきっちりコントロールすれば,当然,管理コストは掛かりますから。この結果,やむを得ず,多くの金型は内製を諦めた上に,安く購入できる金型メーカーに任せるようになった。
 このような変化が金型技術を内部留保する土壌を奪い取った,あるいは技術力のある金型専業メーカーを廃業に追いやった原因ではないかと思うのです。

勝力 しかし,金型を外製にした場合に起きる弊害が起きるのも予測できたのではないでしょうか。技術者であれば,金型製造がどれだけ難しく,そして重要なのかは,ある程度分かるような気がします。起こるであろう弊害と,弊害に対する対応策を事前に用意しておくことが重要だったのではないかと感じてしまいます。

木崎 ITの進化が,ユーザーに対して「金型は簡単に製造できる」などと幻想を抱かせ,その結果,金型製造には手を掛けなくてもよい,という悪循環を呼び込んだということはないでしょうか? その気になれば内製できるし,ある程度の技術力がある会社からなら安い金型を購入しても大丈夫と勘違いし,技術の内部留保を怠るようになってしまった。

勝力 ITによって金型製造,管理が効率的に行えるようになった部分もあるとは思いますが,万能ではなかったということですね。しかし,金型の重要性を理解している技術者が突き詰めて考えることで回避できる問題だったのではないでしょうか?それでも起きてしまったということは,ITの進化に関わらず技術者側にも問題があったと言えそうですね。

大黒 昔,私が勤めていた会社でも,「金型は簡単にできる」と勘違いしている技術者が若干いましたね。
 しかし,それよりも,私は戦略商品であった金型が軽視された一因に,金型には「風情がない」という心象が,心理的に影響しているのではないかと思うのです。

勝力 風情・・・ですか(笑)。

大黒 そう,金型には「風情」がないのです。金型は大事だと理解している割にはそう扱われていない。一般的に,金型は工場の片隅とか,倉庫の奥のほうに隠すようにして置かれることが多い。さらにライフサイクルの短命化が金型の増殖に輪をかけるから,次から次へと新しい金型が増えていく。主力製品の金型ならまだしも,生産終了した製品用ともなると,錆び防止の油と埃にまみれて,所狭しと転がっている。
 このように見た目が悪い金型なのでとても重要に扱われているとは思えない。そんな状況で,コストダウンの至上命題を満たそうとすると,経営者の視点では金型がその対象として目に付きやすい。「なんとかしたまえ」「じゃあ,外注に切り替えましょうか」となってしまう。

木崎 そうやって絞っていった結果が,技術の内部留保の喪失だったり,金型専業メーカーの減少だったりするわけですね。

大黒 確かに,最近では金型の内製化に力を再度入れ始めたという話は良く聞きます。でも,一旦絞ってしまった技術を,急に取り戻そうとしてもそれは無理な話でしょう。韓国,もしくは中国などに追いつかれそうになって,慌てて技術を囲い込んでいるといった状況が,今なのではないでしょうか?

木崎 では,この先どうすれば良いのか,という問題が出てくるわけです。その解決策の一つとして何度も話が出てきていますが,大手メーカーの一部が積極的に進めているように,金型の内製化ではと感じております。特に重要部品に関しては,内製化が必須ではないでしょうか。

勝力 対応策の一つとして考えても良いと思います。商品のライフサイクルが短くなってきた現在では,金型の設計,成形品の試作,金型の仕様修正の繰り返しに多くの時間を掛けられないようになってきています。外製しているとどうしても時間がかかってしまうため、すぐに思いつくのは内製化ですね。景気も徐々に良くなってきていますし,設備を抱えても資産効率を落とさずに済むなら,自社で内製化を進めても問題ないと言っても不思議ではないかもしれません。

木崎 それに加えて,製造物責任など品質管理には神経質にならざるを得ない状況にもなってきています。この点においても,内製化することで品質をきちっと確保することができるようになるのではと考えます。

勝力 スピード,資産、品質の観点からは,どうやら金型の内製化は有力と考えられそうですね。増えていく金型を自動倉庫などで管理しようとすると,内製した後もそれなりの設備投資が必要となってくるので,先々が見通せる情報がないと判断は難しいのが問題となりそうです。
 それ以前に問題となりそうなのが,失われた技術を取り戻せるかどうかというのが木崎編集長,大黒さんが気になさっている最大のポイントですね。木崎編集長が言うように,いくらIT化が進んだからといっても,さまざまな成形手法に合わせて金型の設計段階から考慮しておくべき事項は多いです。量産段階に入ってから効率的な成形を行う技術は別にあります。温度,湿度、初期流動など品質を保って量産するためには過去の蓄積が必要な部分が多く、設計段階から考慮する必要があるために,下手に作っても歩留まりが悪くなりそうです。

大黒 考える順番としては,(1)多くある金型の中で,どの金型を"戦略商品"として取り扱うべきか? (2)求める"戦略商品"としての金型は誰が作れるのか? (3)そして"戦略商品"として見合う金型の質は,誰が判断できるのか(誰が技術とノウハウを持っているか)?――になると思います。
 (2)の解決案として内製化を位置づけているわけですが,その先に直面する問題として(3)の人材不足があります。
 この人材不足を補う有効な手段の一つは団塊世代の復活ではないでしょうか? 一度,引退した技術者を再雇用するという動きが多くのメーカーで見られますが,金型技術の再生という意味でも効果がありそうです。そこで再雇用した技術者に若手を鍛えてもらうのは,良い手のような気がします。

勝力 ただ,そんなに時間的に余裕がないとなると,やっぱり金型専業メーカーを買収する,ということになるのでしょうか? 技術を育成する時間がないのなら,持っている人を買うしかないですものね。

大黒 それだとキヤノンと同じですし,財力のある中国企業と同じですね。その財力に関して付け加えれば,金型を外注化した遠因に,自社のキャッシュフローの改善があったはずです。製品原価のコストダウンが製品価値の維持であれば,固定資産である金型を流動化させたのは会社価値の維持が狙いです。いわゆる「失われた10年」と言われた1990年代に,自社のキャッシュフローを改善するために,せっせと金型を外注化して借金を減らした訳で,今になって,金型を内製化すると言っても,手元資金に余力があるかどうかは疑問に感じますね。
 ましてや,金型専業メーカーの買収となると,自己資金が蓄えていなければ,また借金を前提とすることになりかねず,会社として相応の覚悟が必要でしょう。

木崎 ただ,財力という点では金型専業メーカーも,大手ならともかく中小となると思いきった投資ができません。つまり,金型を作る側としても,大手セットメーカーの傘下に入るのが一つの手かもしれないですね。

大黒 結局,セットメーカーも金型メーカーも,財務体質の強い会社だけが,金型技術の内部留保ができるでしょう。現実には,最初に財力で淘汰され,次に技術力で生き残りを賭けた戦いが始まることになります。

勝力 いずれにしても,金型専業メーカーには厳しい時代になってきていますよ。根本的に金型そのもので儲けるのが難しくなってきている。金型を利用した成形品で商売しようとすれば,成形したものの値段に金型代を上乗せすることになりますが,コストを回収できるまでその製品が生き残っているとは限らない。それどころか,製品を発売しなくなっても,アフターパーツのために金型は取っておかなくてはならない。

木崎 ユーザーである最終製品メーカーの要望が年々厳しくなっているので,とても儲かるような状態ではないですよね。

勝力 最終製品メーカーが求めているものを私なりに整理すると,(1)資産効率(2)量産までのスピード(3)量産段階での納品スピード(4)品質管理(5)低コスト――といったところです。日本の金型専業メーカーがどこで勝負できそうかというと,まず(5)は競合が多すぎてそもそも勝負すべきポイントではなく,(1)も最終製品メーカーの意思決定に依存するため、自社だけでは対応できない。となると結局は(2)(3)(4)となるわけですが,これは特定の顧客に絞り込まないととてもじゃなきゃ無理ですね。

大黒 最終製品メーカーと金型専業メーカーの双方がWin-Winになるためには,密な連携が必要,という何だか当たり前の答えになってしまいますね。



【今回の要旨】
■これからの金型戦略を考える
   →金型は重要なツールと再認識する
   →重要なのは技術の内部保留。その観点から内製化
   →ただし,内製化に必要な投資には相応の覚悟が必要
   →金型専業メーカーは,セットメーカーとより密な連携が必須