この8月に「経済財政白書」が発表されました。昔、「経済白書」と呼ばれていたものです。私は白書が好きで、いろいろな白書を読むのですが、中でも今年(2007年)の「経済財政白書」はなかなか面白い内容でした。特に「高い付加価値を産み出すためのイノベーションを継続的に創出すること」を前面に打ち出した内容で、好感が持てます。
さらに白書の中には「イノベーションとは、一般的に『技術革新』と訳されることが多いが、シュンペーターにより示された定義にもあるように新しいビジネスモデルの開拓なども含む一般的な概念となっている」との記述がありました。「そもそもイノベーションを技術革新と誤訳したのは経済白書ではないか」と突っ込みたくなりましたが、まあいいでしょう。やっと政府もイノベーションに対する認識を変えたわけですから。それより中国語のように、「創新」とでも訳し直せばよいと思うのですが、もう半世紀近くも使ってきた訳語はなかなか直せないようですね。
イノベーションは技術革新ではない
いい機会ですから、おさらいしてみたいと思います。シュンペーター(Joseph A. Schumpeter)は、『経済発展の理論』(1929)でイノベーションのタイプを五つに類型しました。
- 新しい財貨の生産:プロダクション・イノベーション
- 新しい生産方法の導入:プロセス・イノベーション
- 新しい販路の開拓:マーケット・イノベーション
- 原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得:サプライチェーン・イノベーション
- 新しい組織の実現(独占的地位の形成やその打破):オルガニゼーション・イノベーション
イノベーションは、シュンペーターの理論における中心概念で、彼はこれを新結合(New Combination)とも呼びました。そして、このイノベーションがなければ経済は均衡状態になり、経済成長は止まり、企業利潤は消滅するとしたのです。彼のいう起業家(アントレプレナー)とはイノベーションの実行者であり、既存の経営資源を新しい組み合わせで結合することによって、新たなビジネスを創造する役割を担います。ここまで説明すると、イノベーションとはまさしく「創新」的な行為であって、「技術革新」といったイメージのものではないということがご理解いただけると思います。
シュンペーターの話を続けるなら、彼は「信用創造」を強調しました。イノベーションの実現には資本が必要であるが、それを企業家に提供するのが銀行家であるとしています。「銀行家は、新結合の遂行を可能にし、新結合を遂行する(起業家に)全権能を与える」と彼は指摘しているのです。
経済財政白書におけるイノベーションの課題
ここで白書が指摘しているイノベーションの課題をいくつかご紹介したいと思います。すべてを列記するスペースもないですし、個人的には「?」なものもありますので、ポイントのみを抜き出させていただきました。
政府の研究開発支援と基礎研究の不足
わが国の研究開発費における政府負担割合をみると、日本は主要国と比べて低めであるばかりか、シンガポールや韓国といった新興国と比較しても政府の支援や基礎研究が見劣りすることがわかります(図1,図2)。わが国では軍事研究がほとんど実施されていないので、政府の研究開発費が低くなっているのです。
図1◎研究開発費の政府負担割合
図2◎基礎研究開発費の比率
かつて、わが国は民生技術に研究開発費を集中投資することによって競争力を高めてきたと指摘されていました。ところが、WTO(世界貿易機関)などで政府の研究開発に対する補助金が規制されることになり、わが国の機動的な研究開発支援の動きは相当に鈍くなったように感じます。
一方、軍事研究は政府主導でありながら規制が…(次ページへ)