休日の昼間に家でごろごろしていたら、インターホンが鳴った。出ると「NHKのものです」という。ドアから覗いてみると老齢の上品そうな方が、汗をハンカチで拭きながら笑顔で立っておられた。もちろん訪問の目的はわかっている。「中断」している受信料の支払いを再開してほしいというのだろう。あまりに暑そうなのでドアを開けると、切々と受信料の重要性を説かれ、「どうかよろしくお願いします」と頭を下げられてしまった。ああ、もうだめだ…。

 私が受信料の支払いを中断していたのには、理由がある。直接的なキッカケは、1998年にフランスで開かれたサッカーのワールドカップだった。日本が初出場したことで一躍脚光を浴びた大会だったが、その放映権を独占したのがNHK。不満はあるが、まあ許そう。そして、ファーストラウンド(本戦の予選リーグ)が始まった。しかし、地上波のチャンネルで視聴できるのは、日本がからむ3試合のみで、他の試合はBSのみでの放送だったのである。

 これには怒った。むなしくチャンネルを1(東京ではNHK総合)にしてみると、しょーもない番組をやっていて、よけいに腹が立った。いや、しょーもなくないと思う人もいるのだろうけど。

 そもそもBS放送は、難視聴地域を救済するために始めたものなのではなかったのか。それを追加チャンネルとして利用し、しかも追加料金を徴収する。それだけならまだいいが、この「追加」を「実質的な受信料の大幅値上げ」に結び付けるため巨額を投じてキラーコンテンツの放映権を獲得、それをBSへの誘導に巧妙に使う。そのやり方に不快感と不信感を抱いたのである。

内向き体質

 正直にいえば、そもそもNHKという組織体(決して構成員の方々ではなく)に関しては、個人的にいささか好ましからぬ印象を持っていた。数多くの出来事の積み重ねでそうなるに至ったのだが、その第一歩的な体験はNHK放送技術研究所(NHK技研)に取材させていただいたときだった。ホントにずいぶん前のことなので、今は体質も人も変わっていると思うし、もう時効だから書いていいだろう。

 取材にうかがって受付で用件を言うと、まずは会議室に通された。ここまでは他所での取材と変わりない。実はそこで、随分待たされたのだが、それとてこれもよくあることで、こちらも遅刻したりすることもあるので想定内だ。そしてやっと広報担当の方が入室してきた。それからまた随分待つことになる。まあそれもよくある…ことかもしれない。そしていよいよ、ようやく取材対応者が入室してくださった。予想外の展開は、そこで起こった。なんと広報担当者の方がパッと立ち上がって「○○部長には本日、大変お忙しい中いらしていただき、ありがとうございました」と言い、深々と頭を下げたのである。私だって場の空気ぐらいは読めるので、その横で深々と頭を下げてしまった。

 しかし驚いた。一般企業の広報担当者の方なら、社外の人に自社の人への敬意を強要するような態度を取ることはまずないし、そもそも自社の人に敬語は使わない。まあ、そんなことで始まった取材も時間切れとなったところで、やおら広報担当者が立ち上がる。「本日は有意義なお話をいただき、本当にありがとうございました」と○○部長に頭を下げつつ、「頭が高い」と私にアイコンタクトするのである。

 あわてて私も最敬礼している前を通りすぎ、御殿様さながらに○○部長は胸を反らして部屋を出て行かれた。そのとき私の頭の中で点滅したのは、「内向き」「面子重視」といった言葉だった。このような体質下で日々努力している研究者も、こうならざるを得なかった広報担当者も大変な思いだったのだろう…。

 まあこのこと自体は些細な出来事ではあったのだが…(次のページへ