「売れそうもない」ものに取り組むのは、単に面白いからとかフロンティアスピリッツを尊重するからといったことではなく、売り上げより利益を重視していたからであり、それこそがソニーの経営理念だったのである。当時は「ブランド」について強く意識していたわけではなかったが、今から振り返ると、利益重視という姿勢はブランドと実に相性が良かったことにあらためて気付く。

 こうして登場したウォークマンは、一つの商品としてだけでなく、ソニーという企業のイメージと重複して評価された。当時の同社は新商品で市場を開拓しても追随してきた他社に規模のメリットで負けることを繰り返し、「大手メーカーのモルモット」と評されていた。しかし井深氏は「モルモットで結構」と自室にモルモットの彫像を飾っていたほど、企業理念に自信を持っていた。

 総合家電メーカーになるのを嫌い、白物家電はやらない方針を貫いた。「学歴無用論」を唱え、社員の採用に当たっては一流大学の学生もそうでない学生と同等に遇した。大手企業とは異なる、むしろそれを否定するようなソニーの社風は世の中に広く知られるところとなっていた。こんな中で登場したウォークマンは「実にソニーらしい製品」として受け止められたようだ。企業イメージが製品のイメージにも影響を与え、ブランドの確立に寄与したのだ。さらにウォークマンという製品が世に出たことで、ソニーの企業イメージもますますくっきりと浮かび上がることになった。

 昨年(2003年)韓国のサムスン電子に招かれ、ブランドについて話をする機会があった。同社は当時、事業規模や技術力に比べてブランドに対する評価が低く、ソニーなどブランド力のある会社をどうキャッチアップするかに頭を悩ませていた。

 そこで話したのは「売り上げを大きくすることにこだわっていてはブランドを生み出せない」ということだった。私の目には、サムスン電子は経営者から一般社員に至るまで「いかに売り上げを伸ばし、会社の規模を大きくするか」ということが最大の関心事のように映った。

 しかしブランド創造の目的は、売り上げ増加ではない。利益を生み出すためのものだ。会社が利益を重視する姿勢を持っていなければ、せっかくブランドを生み出してもすぐに底が見えてしまう。成長しそうな市場に手を広げ、規模のメリットを訴求して価格競争力を磨いてシェアを得るという経営手法は、戦略としてはもちろん正しいが、ブランドとの「相性」はよくない、というような話をさせてもらった。

 同社はその後ブランド力を強化し、ブランドイメージのランキング順位も飛躍的に向上させた。私の話が役に立ったかどうかは定かではないが。 

矢継ぎ早に新製品を出す

 ソニーが新しい市場を開拓してブランドを構築しようとした商品は、ウォークマン以前にも多く存在していた。しかしその多くは、他社に追随され規模のメリットで負けて長期的なブランド力を保つことができなかった。これに対してウォークマンはナンバーワンブランドとしての地位を長期的に保ち、「モルモット」からの脱出に成功した。この差を形成した要因が、短サイクルの新製品投入でブランドに厚みを持たせたことと、顧客ターゲティングを徹底させたことにある。

 初代ウォークマンを発売した直後から、二代目の企画に着手した。たとえ初代がヒットし、たくさんの顧客に買ってもらえたとしても、それに安住していると、顧客が飽きてしまう。飽きられる前に次のモデルを発売し、常に顧客を刺激し続けなければ、せっかく生み出したブランドがしぼんでしまう。技術的にそう大きな進歩がなくても、デザインを洗練させ新しい機能を加えて目先を変えれば「次はもっと面白くなる」と顧客の関心を喚起することができるはずだと考えた。

 初代モデル発売の1年7カ月後には…(次ページへ