ソーテックを何に使うのか?

 そこでいよいよ、本題であるソーテックの買収について議論してみたい。これをテーマとする際にまず考えなければならないのは「この買収が戦略的にどのような意味を持つのか」ということだろう。

 まず思いつくのは、HDメディア・コンピューター/HDオーディオ・コンピューターや周辺機器の開発を加速させる効果だ。ソーテックの買収は、Windowsパソコンに習熟している技術者を大幅に増員できるというメリットがある。

 ただ、音楽コンテンツ配信ビジネスに与えるメリットについては見えにくい。パソコンのハードウエアに習熟していることが、必ずしもインターネット上のビジネスモデルを開発/展開する際に相乗効果をもたらすとは限らないからだ。

 では、Windowsパソコンのメーカーであるソーテックを買収したのは、技術者の増員だけを狙ったものだったのか---。筆者は、そうではなく、オンキヨーのビジネスモデルの補強をもくろんでいるのではないかと考えている。一般のパソコンに比べると高価なHDメディア・コンピューターやHDオーディオ・コンピューターを購入するマニア層だけをいつまでもターゲットにしていたのでは、将来の市場拡張は望めない。この状況を打開するために、新たなオーディオファンを獲得する必要がある。このための仕掛け作りにソーテックを活用しようとしているのではないかと思っている。ソーテックのパソコンを高音質の世界へのエントリー機として位置付け、活用するのだ。

 通常のパソコンが備えているオーディオ回路では、高音質で音楽を鑑賞するには荷が重過ぎる。そこには不満があるものの、高価なオンキヨー製品を購入するには至ってはいない。こういったユーザー層にとって、現状ではあまり製品の選択肢がない。そこに向けて、ある程度満足できる音質が得られるパソコンをソーテックブランドで提供し、それを突破口にオンキヨーの新たな顧客層を獲得しようとしているのではないかと、私はにらんでいる。

 以上はまったくの推測だが、この真偽は別としてもオンキヨーの大きな戦略自体は実に合理的だと思う。しかし、腑に落ちない点がないでもない。

 その一つが、HDメディア・コンピューターやHDオーディオ・コンピューターはオーディオ機器を装っているが、一皮むけば通常のWindowsパソコンと変わりないという点である。つまり、買い替えサイクルが長い従来の高級オーディオ機器とは違い、通常のパソコンと同じように、数年といった短いサイクルで機器は陳腐化してしまい、ユーザーは買い替えを考慮せざるを得なくなるだろう。

 もう一つは、オンキヨーの戦略や方向性はよく練られたものだと思うが、半面、ワクワク感というものを感じにくいという点である。基本的にMicrosoft社やIntel社の製品や仕様を採用し、得意のオーディオ機器にまとめ上げている。ただ、これらは今ある技術や規格の足し算でしかないようにも思える。つまり、あまりに優等生的な解ではないかと感じてしまうのだ。

 ただ、ソーテックの買収がその始まりであり、観察者の想像力には限界がある。周囲の予想を見事に裏切るような、新たな展開がみえてくる可能性は十分にあるだろう。筆者は、それが起こることを密かに期待しているのである。

著者紹介

生島大嗣(いくしま かずし) アイキットソリューションズ代表
大手電機メーカーで映像機器などの研究開発、情報システムに関する企画や開発に取り組み、様々な経験を積んだ後、独立。既存企業、ベンチャーのビジネスモデルと技術の評価、技術戦略と経営に関するコンサルティング、講演などに携わる。現在は、イノベーション戦略プロデューサーとして活動している。生島ブログ「日々雑感」も連載中。執筆しているコラムのバックナンバーはこちら

本稿は、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。