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トクホとクスリと日本人

神足裕司
2007/04/27 00:52
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 ドラッグストアが盛況だと、『日経ビジネス』(4月9日号)が伝えている。経済産業省の商業統計によれば、1991年に売り上げは、百貨店、総合スーパー、コンビニエンスストアの順番だったが、99年に初めて統計に現れたドラッグストアが追いかけ、2012年にはごぼう抜きにしてしまうという予測が載っている。

 世の健康ブームをきっちり反映している。おしゃれより激安より、健康におカネをかける時代の到来。あるいは、特定の食品を食べるだけですっかり健康になると信じる「フードファディズム」の台頭、『発掘!あるある大事典』を生んだ「偏執的な食生活」が浸透したのか。そうかもしれない。が、それなら逆に日本人はなんとノセられやすい国民かと思う。日本の食品業界がいまや血道を上げて開発しているのは特定保健用食品、通称トクホである。トクホは薬と食品の間にあるもので、脂肪を落とすお茶や、お腹を丈夫にする菌のはいったヨーグルトや、他に何があるか忘れたが、とにかく山ほど売られている。

 このトクホは、クリントン政権下で1994年に制定されたアメリカの「栄養補助食品健康教育法 (DSHEA)」に倣ったものである。健康保険制度が破綻したかの国では、「国はこれ以上責任持てませんから、一人ひとりで健康に気をつけてくださいね」と国を挙げてやった。それで、ビタミン剤などのサプリメントブームがどっと来た。この流れからすれば、日本のトクホブームはじつに妙な出来事と言わねばならない。

 日本の国民皆保険制度は、世界に冠たるもので、今のところそりゃ3割負担にはなったが、病気になれば国民誰もがめんどうをみてもらえるありがたい制度だ。医療費が負担にならないためには、国民の皆様に健康を気遣ってもらったほうがいいに違いない。それでも、自分で自分の健康を気遣わなければ国は知りませんよ、というアメリカと比べれば、個々の日本人が目の色を変えて健康に走らなければならない理由はない。

 ところで、マーシャエンジェルというアメリカで最も権威ある「ニューイングランド医学雑誌」元編集長が、アメリカの製薬会社はデカくなりすぎだと警鐘を鳴らす本『ビッグファーマ』を出している。第1章の書き出しが面白い。「体重800ポンドのゴリラは何をしてきたのか? やりたいことは何でもやってきた」。「800ポンドのゴリラ」とは、巨大製薬会社のことだ。

 製薬産業は、アメリカでは1980年代はじめからずっと収益性の高い産業の第1位にランクされてきた。60年~80年にはGDPの1%だった処方箋薬の売り上げが20年間で3倍にもなり、もっとも有望な産業になったのだ。2002年の全世界での処方薬売上高は推定4000億ドル。その半分の2000億ドルがアメリカ国内の売り上げで占められている。800ポンドのゴリラは何でもできるのである。

 この驚異的な売り上げ増を引っ張ったのがスタチン。血清コレステロール値を低下させるスタチン系の薬剤である。日本人が発明したのに、アメリカの製薬会社に特許を取られた経緯は『世界で一番売れている薬』(山内喜美子著)に詳しい。だが、私が問題にしたいのは、コレステロール値を下げる薬と並んで世界的にヒットした抗うつ薬の存在である。 1987年暮れ米食品医薬品局(FDA)に認可され、88年から売り出された抗うつ薬「プロザック」は、「魔法の弾丸」と称され、アメリカ人の生活観を一変させた。しかし大変化は、不思議なことに日本へは伝わらなかった。

 いや、実は伝わっていたのかもしれない。人気精神科医の香山リカ氏は今年1月に出した『仕事中だけ《うつ病》になる人たち』で、こう分析してみせる。口に出すのをはばかられていたその病気は、90年代中頃から繊細でまじめな人が患うおしゃれなものととらえられ始め、それを理由に堂々と休職する人がどんどん現れた。誰しも仕事が嫌で休みたいことはある。しかし少ないスタッフの中でも「うつ病です」と休まれると、残ったスタッフは文句が言えない。これはおかしいのではないか、というのが香山氏の本であり、林公一氏の『擬態うつ病』である。

 元気がない。それは病気のせいである。もちろん本当にそうなら救われねばならない。職場の人々は多少ならずとも我慢すべきである。が、その誰でもかかるかもしれない「心の風邪」うつ病の治療薬はどうなのか。抗うつ薬、特にプロザックと同系統のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、副作用のない手軽な薬として日本では99年から認可されるようになった。ところが2006年5月12日、FDAはパキシル(SSRI、グラクソスミスクライン社製)について、自殺行動や自殺念慮の懸念に関する警告を出した。プラセボ(偽薬)を飲ませたグループで自殺行動が0.92%であったのに対してパキシル群では2.19%だったという。

 驚くべきは、この警告が発売後10年近くたってやっと出されたことである。この間に軽いうつ病で投薬治療を受けた人の中から、ざっと100人に2人、薬のせいで自殺、あるいはそうしたくなった人がでたという勘定だ。無論、精神科医は口を揃えてSSRIは大切な薬であると言う。この薬は患者を救うと複数の医師から私は聞いた。とはいえ、日本で急増しているうつ病躁鬱病患者(1984年に9万7000人と推定されていた患者数は96年に43万3000人、2002年には気分障害全体で71万1000人まで増加)が、すべてこうした投薬治療を受けていていいのだろうか。

 ドラッグストアの隆盛は、確かに経営努力のせいもある。少女たちが格安化粧品を求めるニーズも判らないではない。だが、町に増えていく薬屋の看板を見ると、私は薬でどうにでもなる世界の到来を感じて背筋が寒くなる。昔から言われるように、薬は使い方によって「毒にもクスリにもなる」のである。

【注】このコンテンツは、以前に日経ベンチャー経営者クラブのサイトで「美しくて、あいまいな日本」というコラムの記事として公開されていたもので、Tech-On!に再掲いたしました。

著者紹介

神足裕司(こうたり・ゆうじ)
1957年広島生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒。筒井康隆と大宅壮一と梶山季之と阿佐田哲也と遠藤周作と野坂昭如と開高健と石原裕次郎を慕い、途中から徳大寺有恒と魯山人もすることに。学生時代から執筆活動をはじめ、コピーライターやトップ屋や自動車評論家や料理評論家や流行語評論家や俳優までやってみた結果、わけのわからないことに。著書に『金魂巻』『恨ミシュラン』あり。

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