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リスクと恐怖のマーケティング

神足裕司
2006/12/04 22:28
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 安倍政権は技術革新をテコに経済成長を目指すため、「イノベーション25」を掲げ、医薬品の実用化を「1丁目1番地」として、最も重要な課題に挙げた(日本経済新聞、2006年11月24日)。

 バイオ、バイオとかけ声が喧しい時代だが、日本はどうも、新薬の開発が得意ではないらしい。そこで安倍内閣は、医薬品の充実を「1丁目1番地」にすると。同記事には「米医学雑誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンが1991年から10年間に掲載された生命科学分野の国別論文シェアを調べたところ、基礎科学では4位だった日本は臨床研究では14位だった」とある。

 『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』は、アメリカでもっとも権威ある医学雑誌である。ところでその前編集長、マーシャ・エンジェル氏が『ビッグ・ファーマ』という本を書いている。なぜ、アメリカが突出して新薬開発に強くなったかという裏話だ。

 アメリカでは1960~80年まで処方薬の売り上げがGDPの1%でほぼ一定だった。それが1980~2000年の20年間でほぼ3倍になり、1年間の売り上げで2000億ドル以上になった。アメリカでは製薬業界は、80年代初めから収益性の高い産業の第1位。IMSというCIAより薬の動向に詳しい機関によれば、アメリカの2000億ドルという数字は、全世界の処方薬売上高4000億ドルの半分を占めている。全世界の半分と聞くと、ついつい軍事予算を連想してしまうが、これも偶然ではなく、同じ構造なのかもしれない。

 マーシャは、アメリカの大製薬会社(ビッグ・ファーマ)が急成長した根本要因は、レーガン政権だと断言している。ことに、政府の基礎研究を民間へ「技術移転」できるようになったバイ・ドール法の効果が大きい。で、その結果どうなったかというと、製薬会社は「病気を作りはじめた」。かなり論理が飛躍してしまったが、わかりやすいところから言うと、大学や研究所は製薬会社の金なしには研究できなくなったのである。

 技術の民間移転というと、何やらありがたいもののように聞こえる。だが、圧倒的な規模でそれが進むと、何もかもシステマティックな悪事の連鎖に進んでいく。
 
 12月3日、薬害エイズ裁判10周年記念「くりかえされる薬害の原因は何か」の記念講演として、著名な英国の精神医学者であるデーヴィッド・ヒーリー教授が記念講演を行った。HIV訴訟弁護団や薬害オンブズパースン会議が催した専門的な集まりだが、そこで驚天動地の事実が語られた。もはや製薬会社の研究データは「科学」でなく「マーケティング」になっているというのだ。

 こう言ってわかりにくければ、ヒーリー氏が挙げる実例をみた方がいい。体重計が発明されたのは、1870年。それが普及して1920年から摂食障害が見られるようになった。大通りに体重計が置かれて「理想の体重」を皆が気にし始めると摂食障害は社会問題に。これが「リスクと恐怖のマーケティング」だという。

 もはや、製薬会社は、「こんな新しい病気が発見された」と宣伝するだけでいい。日本でもテレビとかで最近やたら、おばあさんになった美人女優とかが「うつ病で悩んでいませんか」と訴えているのが目につきません?

 ヒーリー氏は、今や薬品の主要論文は、研究者でなくマーケティング会社のゴーストライターによって書かれているという。それは実に巧妙なもので、例えばヒーリー氏の論文なら、彼の文章の癖まで真似てあるという。で、アメリカの製薬会社が大量に売ったのは、抗うつ薬。そして、みなさん御存知のバイアグラ。元々はわずかな患者数しかいなかったはずなのだが、爆発的に売れた。

 美しい国造りにしばしば、というかいつもモデルとして利用されてきたのは先進国アメリカである。イノベーション25は、国際競争力を得んがために、第2のアメリカを作ろうというものだろう。悪いことに、モデルとなった欧米が反省を始めた頃になってアクセルを踏んでいる。

 それが、向こうで売れなくなった薬品を日本に招き入れる結果にならなければいいのだが。

【注】このコンテンツは、以前に日経ベンチャー経営者クラブのサイトで「美しくて、あいまいな日本」というコラムの記事として公開されていたもので、Tech-On!に再掲いたしました。

著者紹介

神足裕司(こうたり・ゆうじ)
1957年広島生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒。筒井康隆と大宅壮一と梶山季之と阿佐田哲也と遠藤周作と野坂昭如と開高健と石原裕次郎を慕い、途中から徳大寺有恒と魯山人もすることに。学生時代から執筆活動をはじめ、コピーライターやトップ屋や自動車評論家や料理評論家や流行語評論家や俳優までやってみた結果、わけのわからないことに。著書に『金魂巻』『恨ミシュラン』あり。

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