前回のコラムの最後で,日本が得意とする垂直統合モデルや擦り合わせ力を生かして,水平分業化/モジュラー化した世界で競争力を上げる一つの方向として,「日本の得意技によって生み出した技術ノウハウをクローズドなところに押し込めてブラックボックス化すると同時に,オープンな『窓』のような部分を開けて,世界的なレベルでの販売量拡大と外部のイノベーションの成果を取り入れることだと思われる」と書いた。今回はこれについてもう少し突っ込んで見ていきたい。

 これについてはネタ元がある。東京大学21世紀COEものづくり経営研究センターの小川紘一氏が執筆された論文『我が国エレクトロニクス産業にみるプラットフォーム形成メカニズム』である。とても刺激的な内容であった。まず共感したのは,以下のくだりである。

「オープン・イノベーションなどで表現される経営環境であっても,全てを曝け出して存続できる企業はない。これまで語られるオープン・イノベーションでこの事実がさほど強調されてこなかったように思える。事業戦略の真髄は,製品アーキテクチャのブラック・ボックス化領域(利益の源泉)とオープン化領域(大量普及に向けた仕掛け)とを経営戦略としてコントロールする点に宿っているのである」(同論文,p.5)。

「ブラックボックス化領域」と「オープン化領域」の一体運営とは

 ここで注目したいのは,「ブラックボックス化領域」と「オープン化領域」を相互に関連しあうものとして一体としてみなす,ということである。この両者は,一見対立する概念のように見えるために,これまでは,往々にして「ブラックボックス戦略ならブラックボックス戦略」「オープン化戦略ならオープン化戦略」と分けて考えられることが多かったように思う。

 まず多いのは,日本はオープンな世界ではとても勝てないので,クローズドな環境でブラックボックス化を進めるべきだとする主張である。例えば以前,ある大手電機メーカーの社長は講演で,「技術をブラックボックス化することによって,アジア諸国の企業がキャッチアップするのを2年でも3年でも遅らせることが大切だ」と述べていた。

 その一方で,そうしたクローズドな志向が日本の競争力弱体化の理由であり,もっとオープンな戦略に転換すべきだという主張もある。例えば,ソニーの社長だった出井伸之氏は,『迷いと決断~ソニーと格闘した10年の記録』(新潮新書)という本の中で,1990年代に日米の経済が一気に逆転した背景についてこう述べている。すなわち,米国のIT産業は「水平産業」の重要性にいち早く気づいて対応したが,日本は「垂直産業」の中をグルグル回っていて対応が遅れたことがあったとする。出井氏によると「水平産業」とは各部品のレイヤーごとに分業できる産業のことであり,日本もこうしたオープンな国際分業の世界にもっと積極的に対応すべきだとしている。

 もっとも,このような「両極」とも見える主張が存在するのは,それぞれの論者が「現在の日本の製造業に欠けているものは何か」を真剣に考えた結果,その結論を分かりやすく強調して表現するからだと思われる。論者自身も,現実的には,各企業,各製品ごとに「ブラックボックス化領域」と「オープン化領域」は併存していることは百も承知であえて強調しているということであろう。

 実際,前述の「ブラックボックス化戦略」を社長が標榜する電機メーカーの現場の技術者とパーティーなどの機会で話してみると,「いやあ,もう単独でものづくりはできません。いかに外部のリソースを使うかが勝負ですね」という声が聞かれたりする。また,ソニーにしても,同社が優れた「ブラックボックス化領域」を保持していることは言うまでもない。

 各社ともこの二つの領域を抱え,両者の折り合いをつけながら事業を運営しているということであろう。ただ,問題は,これまでの「折り合い」程度では競争力は上がらなくなってきているということだと思われる。

「せっかく税金を使ったんだから…」

 つまり,この両者を戦略的に結びつけて「コントロール」することは,製造業や研究開発のあらゆるシーンで喫緊の課題になっているのではないかと思う。例えば先週,筆者はある政府系機関が民間企業に委託した研究を「評価」する会議に出席した。材料メーカー,加工メーカー,部品メーカー,セットメーカーが協力して,新しい材料とそれにあった加工法,その応用例を「グローズド,かつ垂直統合的」に開発したものだ。その分野で世界でも類を見ない最高の新素材とそれにあった加工法が一体で開発された。それを使うと,高性能で高付加価値な部品や製品が創出される可能性があるという。

 成果については大変結構だということになったのだが…(次ページへ