木崎 『日経ものづくり』編集長の木崎です。今回は,「製造業の3次元化」について議論していきたいと思います。

大黒 今回は木崎さんの得意分野で攻めてきましたね。しかし,3次元化のメリットに関する議論,いわゆる設計部門における3次元CAD活用のメリットや,製造工程での3次元データ活用のメリットなどは,誌面上で概ね議論し尽くされたように思うのですが。

勝力 アンケート調査など詳細な情報は持ち合わせていないのですが,製造業においては3次元データの活用を前提とした業務フローが定着している企業も多くあるのではないでしょうか?

木崎 私も,『日経デジタル・エンジニアリング』(日経ものづくりの前身の一つ)を創刊した1998年当時から数年にかけては,3次元化の効用みたいなものを必死になって記事にしてきました。当時は,ミッドレンジCADが黎明期から普及期にちょうど変わってきた時期でもあり,業界全体として非常に盛り上がりをみせていました。

大黒 約10年も,3次元CADの記事を書き続けてきた訳ですか。これはすごい。

木崎 いや,正確に言うと,その前の『日経CG』(現在休刊中)に在籍していたときからなので,15年以上になります。まぁー,それは置いといて,もちろん3次元データの活用は確実に広まってきています。しかし,「本当に狙った効果が出せているのか?」,「効果を最大化できているのか?」と質問してみると,「イエス」と言える企業はごくわずかだと思うのです。

大黒 そう言えば,私が在籍していたメーカーでも,設計者は夜遅くまで3次元CADに向かっていましたよ。3次元が前提の業務フローの場合,何でもかんでもフロントローディングとか,コンカレント化とか,言いだすものだから,設計者の仕事が増えていくばかりだと。

木崎 ただ,フロントローディングという声が聞こえるということは,業務を改善しようとする意識があるのですから立派だと思いますよ。中堅,中小企業によっては,取引先からの要望によって仕方なく3次元CADを導入した,あるいはブームに乗って3次元CADを導入したというケースも多くあります。もちろん,ツールを導入したからといって,3次元化の恩恵を受けられるわけではないのは,十分に理解しているはずです。でも,多忙な毎日を送っていると,根本的に業務を変えていこうという意欲がなくなり,最低限のツール利用に留まってしまうケースも少なくありません。
 加えて,グローバル化の進展により業態の変化や海外企業とのやり取りが増えるなど活用範囲は広がるばかりです。3次元データの活用を推進しようにも,環境変化についていけず,3次元データ活用の理想の姿を描けていない企業も多いのでしょう。「3次元化は進んでいる,でも本当にこのままでいいの?」と思っている企業が多くあるのではないかと,最近考えているのです。そういった意味で,もう一度3次元化を進める上で,どのようなことを企業として意識して,そして取り組んでいけばよいのかを,考えてみたいと思ったのです。

勝力 まず私が考えたのは,ユーザーは3次元化の効用について耳年増になり過ぎてはいないかということです。

大黒 耳年増が例になるか分かりませんが,一昔前の設計者は新しい機能にチャレンジする傾向が強かったですよね。木崎さん始め,各マスコミやベンダーが盛んに新しい3次元設計の新しい機能を紹介した影響かも知れませんが,自動車の車体設計などで,各社の設計者が競って新機能を使って設計した結果,1~2年のうちに,どのメーカーも同じ様なデザインの新型車を発表していた記憶があります。ヘッドライトの形状やトランクルームの形とかの外観がどうしても似ていましたね。ただし,CADの機能として本当に活用されていたのは一握りで,残りの大部分は期待と幻想の末に,使われなくなってしまいましたけれど。
 これらを思い起こすと,結局,どの機能も中途半端に終わってしまっている上に,設計者としては,どうしても興味本位が先に立って,自分の仕事がどのように会社にメリットをもたらしているのかを,理解せずに終わっていたと思います

勝力 機能がどんどん増えて,さまざまな事ができるようになっているのだと思いますが,ここは一旦そういった3次元化のメリットの授受といったものは横に置いといて,顧客へメリットを提供する業務設計を考えるべきだと思います。

木崎 顧客志向という観点ですね。

勝力 そうです。ここはビジネスの基本に戻って,「顧客が得るメリットとは何か」を考えることからスタートするべきです。3次元化うんぬんよりも,顧客メリットを高めるためには,どのように業務を遂行するかの検討が始めにあるべきでしょう。この時,社内の業務効率化といった内部事情も考慮すべき事項として出てくるかもしれませんが,この段階では一旦盛り込まずに,あくまで顧客メリットを高めるための業務プロセスを考えます。
 そうすれば,考え出された業務プロセスに対して,顧客メリットを高めるために達成すべき目標が設定できるはずです。その目標を達成するためにはさまざまな障害があることでしょう。そして,その障害を越えるために,手段として何が必要かを考えるのです。

大黒 その手段の有力な候補の一つとして,3次元化を考えるということですか。

勝力 そうです。ここで初めて3次元化によって得られるいろいろな機能をマッチングさせるわけです。ここまで業務プロセスの設計ができていれば,効率化という観点からもアプローチできるかと思います。

木崎 システムありきということではなく,業務ありきで考えるわけですね。

勝力 当たり前の話なのですが,とかく3次元活用というとシステムありきの話になりがちになるよう気がしています。もちろん,最後の手段を考える段になって,3次元CADを導入しているのであれば,そのシステムを活用することを優先しても良いかもしれませんが,あくまで本質を見失わないようにしなくてはなりません。
 ツールの導入を決める時はみなさん意識していると思うのですが,いざ導入が決まるとさまざまな機能を前に,忘れがちになっているように思います。高い買い物なので,なるべく多くの機能を活用したいというのは分かりますし,機能を積み上げて新しい業務を作り出すという考え方もあります。しかし機能からスタートとしたアプローチだと,達成すべき目的や顧客の視点があいまいなままになってしまう事が多いです。
 もう一度まとめますと,検討する順序は(1)顧客メリットは何か→(2)顧客メリットを高めるために業務はどうあるべきか→(3)顧客メリットを高める業務を実行するために必要となるシステムは何か→(4)その業務を効率的に行うための工夫はないか→(5)その工夫を支援する実行するために必要となるシステムは何か――であるべきなのです。この土俵の(3)に3次元化が乗ってこないようであれば,結局,何のための3次元化なのかが分からなくなりますよね。

大黒 私も勝力さんと同じように,3次元化のメリットは,一旦,棚に上げて考えました。私には,メリットを論じる前に,そもそも“3次元ツールは本当に利用しやすいのか”という疑問があるのです。強く感じるのは,3次元ツールが進化し,これからも進化するであろう方向は,実は“進化”ではなく“深化”であって,知らない間に一部の人たちだけ,言うなれば,マニアのツールになっているのではないのかと強く感じるのです。

木崎 3次元CADはモデリングが煩雑だという意見がありますが,そういったことでしょうか?

大黒 CADも含むのですが,むしろ3次元のツールすべてといったほうが的確でしょう。
 3次元の話に入る前に,一般論として物事には得手・不得手があります。数学が得意な人もいれば,国語が得意な人もいます。スポーツが得意な人もいれば,交渉事が得意な人もいまよね。
 同様にして,コンピュータの世界でも,どうしても苦手な人がいます。データがどこかを見失ってしまう人や同じ手順を何度も聞く人など。こういった人は手順を覚えることで,何とかコンピュータを使っているだけで,いつもと手順が異なる作業を依頼した途端に,応用がきかずにフリーズしてしまいます。

木崎 コンピュータが苦手な人は,3次元ツールを利用することに不安があるということでしょうか?一般的には,3次元ツールは立体として表すので,2次元に比べてイメージを膨らませやすい,よっていろいろなコミュニケーションが円滑になるというのが,定説のような気がしますが。

大黒 私には,その定説に疑問があるのです。所詮,スクリーンや紙は平面の世界でしかないので,3次元という立体の世界を理解するのには,それ相応に立体構造を想像する能力が必要なのだと思うのです。
 この考えの源泉は,小学生の頃に体験した「知能テスト」にあるのです。そのテストの一つに複雑な立体図形を見て,いくつの正方形で構成されているかを答える問題がありませんでしたか?

勝力 ありましたね。何段も正方形が重ねられている上に,裏側に隠れているのもあって,なかなか手強かったです。

大黒 そうなのです。私はあの問題が非常に嫌いだったのですが,周りの友達に聞いてみたところ,実は案外苦手にしている人間が多かったのですよ。
 それに,実際の設計となると,もっと複雑に思考をめぐらせなければならないでしょうね。

木崎 ブロックや積み木など,実際の3次元の世界で考えるなら簡単に解けるはずですけどね。

大黒 結局,2次元の世界に3次元を書いた上で,「さあ,立方体をイメージしてください」と言われても難しいのではないかと,私は思うのです。
 これが,3次元のツールにもそのまま当てはまるのではないかと。もちろん,ツールの使い勝手が向上してきているのは分かるのですが,どれだけ改良されようとも,その人に「要求される想像力」の垣根が下がっているわけではない。いや,むしろ,ツールが深化していることで,「要求される想像力」の垣根は昔以上に高くなっているのではないのでしょうか。
 厳しいようですが,今の3次元ツールは,選ばれた人,つまり3次元を2次元の空間でストレスなくイメージできる“特殊な才能”を持った人しか,結局,使いこなせないのではと,強く思うのです。

勝力 CAMなどにデータを送って簡易に試作品を作ったりするのも、そういった実状が影響していたりするのかも知れませんね。“特殊な才能”を持った人の考えを多くの人と共有する手っ取り早い手段のように思えてきました。

木崎 “特殊な才能”というと,ちょっと大袈裟なような気もしますけど。でも,ツールベンダーはそのあたりのことを意識して,製品開発を行ってきたのだと思います。できるだけ感覚的にモデリングができるようにしたり,見る方向を変えるのに製品を高速で回転させることができたり。大分,実物を見たり,触ったりするのと同じ感覚に近づいてきているのはないかと思うのです。

大黒 もちろん,それも分かります。この10年,特にCADなどは非常に使い勝手も良くなったと思います。
 でも,3次元ツールは使い勝手が良くなるとともに,機能も増えてきたじゃないですか。多くの“特殊な才能”を持っていない人が,何とかツールを使いこなせるようになった。と思ったら,今度は機能が増えて複雑になっている。とてもじゃないけど,追いつけないというのが実情のような気がします。
 言うなれば,多種多彩な機能を,2次元の空間で表現することに限界がきている。いかに想像力を駆使しても,ほとんどの人が機能についてゆけない。感覚的に言えば,「プレイステーション3」は買ってみたけれど,どのソフトも難しすぎて楽しくないから,結局,ゲームをする気が起きないという状況とでも言いましょうか。

勝力 そのあたりはExcelなどに代表されるビジネスソフトでも同じことが言えそうですね。表計算ソフトはバージョンアップするたびに多彩な機能を備えてきますが,統計関数なんかを使いこなしているユーザーは,私の周りでもごくわずかです。

大黒 結局,3次元ツールの開発者も,いい意味で「所詮,3次元平気人間」なので,過去からの延長線上から抜け出せないのではないかと思います。本当に3次元モデルを効果的に利用した製品開発プロセスを広く流通させるためには,“特殊な才能”を持たない人でも,簡単に使えるような,そんなブレイクスルーがツールに必要となるような気がします。パソコンのインタフェースがコマンドラインからアイコンに変わったのと同じぐらいに。
 3次元ツールがマニアのツールである限り,“業務プロセスの効率化のためのツール”の中心として位置付けるのは危険と思いますね。やはり,業務の基幹を担うツールは万人に受け入れられるものでないと。また,万人受けしないツールに対して,大きな成果を期待しても得られるメリットも限定的だと思います。このことに木崎さんの悩みの本質が隠れているのではありませんか。

勝力 確かに,3次元ツールは“業務プロセスの効率化のためのツール”にはなりえないように思いますね。業務プロセスを変えるための支援ツールであるとは思いますが。

木崎 ところで,ブレイクスルーとは具体的にどうなるんですかね。

大黒 うーん,つい想像してしまうのはSF映画にでてくる様なバーチャルなシーンですが,実際の姿となると想像がつかないのが本音です。「ニンテンドーDS」とか「Wii」が,ユーザー層を広く拡大しました。ひょっとしたら,そんなところにヒントがあるのかもしれません。


【今回の要旨】
■製造業の3次元化をこのまま進めるべきか
  →システムありきではないことを,もう一度認識する
  →顧客メリットを高めるためのツールの一つと割り切る
  →本当に普及させるためには,画期的なインタフェースに期待