ベンチャー企業にしかできないこと
最近、動画を利用したビジネスが活発化している。いや、活発化というより、百花繚乱の様相を呈している。毎日のように、「あるブログサービスが動画投稿サービスを始めた」とか、「動画コンテンツの検索技術を開発した」という動画関連ニュースが報じられている。
こうしたニュースを追っていくと、ビジネスモデルに関しては、発散思考を得意とするベンチャーに注目すべきものがある。今回は、大手企業とのアライアンスの組み方に工夫をみられるケースを2例紹介し、考察してみたい。
その前に、動画ビジネスについてざっとおさらいしてみよう。
世の中に「マルチメディアパソコン」なるものが出てきたのが1990年くらいだったと記憶している。しかし、当時はインターネットに簡単につなぐ手段がなく、OS(基本ソフト)はまだキャラクターベースのものが主流だった。この状況下、マルチメディアパソコンとは名ばかりで、スタンドアローンのパソコンに新たなメディア(媒体)であるCD-ROMドライブを取り付けただけのマシンをそう呼んでいた。動画を扱う環境には程遠かったのである。
当時私は電機メーカーに勤務しており、「ハードがどうこうではなく、色々なソフトメディアを一つの通信インフラを通じて入手し、様々な機器で扱えるようになってこそ、マルチメディアではないか」と議論したことを覚えている。もっとも当時は、サービスの可能性は予見できても、具体的に明確な姿がはっきり見えていた訳ではない。
当時から15年以上経ち、最近になってようやく環境が整ってきた。通信インフラはインターネットが主流になり、この上で文字やデータ、静止画、動画などの様々な情報がやり取りされている。これらの情報を取り扱うパソコンをはじめとするハードウエアも充分なパフォーマンスを提供している。
アプリケーションにおいても様々なサービスが現実に始まった。アプリケーションを含めて少し先の未来像が一般に予見可能となる程度にITの社会的な認知度が高まり、ITがらみの新ビジネスモデルが乱立した。こうした動きは2000年前後から顕著になったと思う。これが、いわゆるITバブルが発生した一つの要因である。
ITバブルは、社会が新しいメディアをどう扱えばよいか、練習する時期であったかも知れない。筆者の自宅に、ADSLサービスを使った常時接続の環境が整ったのが2001年春である。このころは、携帯電話のパケット定額制などはまだまだ先の話であった。当時相次いで打ち出された様々なビジネスモデルが現実のものになるまでにはもう少し時間がかかったのである。
今や、動画の圧縮技術は高まり、通信路は整備され、動画を撮影する機器もユーザーが簡単に利用できるようになった。各種メモリーの容量は大きくなり、サーバーのパフォーマンスも高まり、動画コンテンツを扱うための環境が急速に整備された。
こうなってくると、ビジネスのアイデアがマルチメディアの事業化の正否を分ける要因になってくる。つまり、どのような動画コンテンツを、誰が、何のために、どのような機器とインフラを用いて、どう利用するかを描き、収入源を考えるのである。
本来、ネットワーク機器のメーカーであるシスコなどもコンテンツのビジネスに参入してきた。周知の通り、アップルは、iPodといった機器で動画を扱えるようにしているし、アップルTVなど、動画を扱う新しい機器は今後も増えていくだろう。パソコンをはじめ、デジタルテレビやHDDレコーダーに親しんで来た日本の消費者も動画サービスに興味を示し始めている。日本からYouTubeを利用する消費者が増えているのもこの結果だろう。
しかし、このような状況に反して、無料の動画投稿以外のサービスは、私の見たところあまりパッとしていない。動画サービスと言えば、膨大なコンテンツとノウハウを抱える放送局がすぐ頭に浮かぶが、放送局の手がける動画配信サービスの伸びはそれほどでもない。
そのような中で、動画サービスのビジネスモデルとして私が注目しているものを二つ紹介したい。一つは、携帯電話向け放送局として気を吐いているQlick.TV だ。Qlick.TV はフロントメディアというベンチャー企業が運営しているが、10代や20代前半の若者からは圧倒的に支持されている。会員数は2007年3月15日現在で100万人、しかも急速にその数を増やしている。
10代や20代前半の若者にとっては、最初に手にするデジタル機器はもはやパソコンではなく携帯電話である。若者に親和性の高い携帯を用いた動画ビジネスが今後拡大するということは簡単に予想できる。他の携帯ビジネスと同じく、最近のパケット定額制が大きく寄与している。
Qlick.TVが面白いのは、独自のコンテンツと既存放送局のコンテンツをうまく組み合わせている点だ。BBCやJNN、ディズニーといったコンテンツが視聴できる。視聴者から料金をとらない広告モデルではあるものの、素人動画の投稿サイトとは一線を画したサービスと言える。すでに、既存の大手広告代理店経由で広告収入を得ている点も注目に値する。つまり、携帯という新しいメディアを利用したビジネスだが、実際は既存の放送局と同様のモデルであり、これが逆に戦略的にユニークではないかと思う。
動画を扱うベンチャー企業をもう1社紹介しよう。ポッドキャスティング受信用のクライアント/サーバー管理ソフト「アリゲーター」を提供しているボイスバンクである。同社は先頃、三洋電機のザクティーというデジタルビデオカメラと、アリゲーターを組み合わせるツールを発表した。
日本ではあまり知られていないが、ザクティーは、米国では動画を扱うブロガーに撮影機器として絶大な人気を博している。ザクティー対応アリゲーターの面白いところは、ザクティーをUSB経由でパソコンに接続すると、撮影した動画ファイルを自動的にボイスバンクが提供するサーバーにアップロードしてくれる点だ。サーバー側では、アップロードされたファイルに自動的に、ファイル名を割り振り、元ファイルに加え、必要に応じて解像度やファイル形式を変更したファイルも保存してくれる。
以上のサービスが自動的に行われる仕掛けを用意したのは、コンピュータリテラシーがそれほどなくても、簡単に、しかもシームレスに動画を取り扱って、感動を共有しよう、という同社のポリシーからだという。
ボイスバンクは、電機メーカーの技術者がこれまで考えていなかった機器の使い方、楽しみ方を具現化していると思う。今後は、ザクティー以外のデジタルビデオカメラへの対応も期待できる。
以上、2社の例を紹介したが、既存企業ではなかなか出てこない新しい考え方に基づく動画ビジネスが登場していることは間違いないと思う。フロントメディアは、新しいメディアに既存メディア企業のビジネスモデルを適用しており、ボイスバンクは既存メーカーの機器に今まで思いつかなかった新しいサービスを提供している。
これらは、ベンチャー企業から見ると、既存企業のステイクホルダーと如何にうまくアライアンスを組んでいくかという問題をうまく解決した例と言える。既存企業側から見ると、過去の成功体験に縛られないベンチャー企業の発散的思考をどのように取り込んでいくかという問題に対処した例とみなせよう。今回取り上げた二つの例は、技術経営戦略の課題を解決するヒントを我々に与えてくれる。ベンチャー企業の発散的思考による新しいソリューションを取り入れることは、これからのビジネスに欠かせない要素だからだ。
著者紹介
生島大嗣(いくしま かずし) アイキットソリューションズ代表
大手電機メーカーで映像機器などの研究開発、情報システムに関する企画や開発に取り組み、様々な経験を積んだ後、独立。既存企業、ベンチャーのビジネスモデルと技術の評価、技術戦略と経営に関するコンサルティング、講演などに携わる。現在は、イノベーション戦略プロデューサーとして活動している。生島ブログ「日々雑感」も連載中。執筆しているコラムのバックナンバーはこちら。
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