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コラム

なぜ日本ビクターは売られるのか

2007/01/30 12:45
アイキットソリューションズ 生島大嗣
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 昨年末に松下電器産業が日本ビクター(JVC)を売却するという報道が相次いだ。松下の創業者である幸之助氏が犬のロゴマークに魅せられて傘下に収めた日本ビクターであるが、松下がいったいどこに売却するのかが注目されている。

 ファンドを一旦通す形になるにしろ、JVCブランドを外資系、特にアジア系の企業に売却するということが現実に起こるのだろうか。それとも、日本メーカーに売却するのだろうか。現状は松下が有利な売却条件を待っているというところだろう。今回は、JVCの状況を例に、従来型モノ作り企業のあり方、それをどう変えていかなければならないかについて考えてみたい。

 さてこの日本ビクター売却に関してだが、様々な報道が流された。そのひとつに「デジタル化に乗り遅れて業績が悪化」というものがある。この表現は、ある面では正鵠を得たものであると同時に、誤りでもあると思う。デジタル製品のヒットを飛ばせなかったという意味では正解だが、技術的にデジタル化に乗り遅れたとは考えにくいからだ。この意味では、デジタル化に乗り遅れたとは言えないだろう。日本ビクターは、結構早い段階でハードディスクムービーEverioなどを市場に送り出していた。ただ、VHSのときのようなムーブメントを起こせなかったということだ。

 VHS開発の時代は、いわゆる技術の垂直統合の時代である。基幹となる部品を核に、最終アセンブリまで含めて下請けと共同して製品を開発する時代だった。しかも当時、市場は日々成長しており、パイは毎年大きくなっていた。このような時代に、VHS方式の開発に成功したメーカーである日本ビクターを傘下に収めるということは、松下にとっては極めて有意義なことだった。技術的に優れた企業からの波及効果が十分に期待でき、JVCと松下の両ブランドを共に発展させる余地が充分にあったはずだ。映画『バックトゥーザフューチャー』で主人公がJVCブランドのVHS-Cムービーを手にしていた、あの時代であれば、である。

 しかし、デジタル化と歩調を合わせるように水平分業が進み、状況は大きく変わった。日本ビクターは、総合的にみて技術力に秀でた会社である。しかしそれは総合力であって、卓越した個別技術や基幹部品を持っているわけではなかったように思う。垂直統合の時代は、総合力とバランスが勝利の決め手となる。だが、水平分業の時代にそれは通用しない。「ここだけは絶対に負けない」という特技のあるなしが、その企業の存在価値そのものになってしまうのだ。
 
 例えれば、ゲームのルールがまったく変わってしまった、ということだろう。そうなれば、昨日の強者は弱者になり、弱者は強者になる。何も、日本ビクターに限ったことではない。業績が振るわない他の日本メーカーも、同じ罠にはまっていると言える。総合的に見て技術力は十分にあるのだが、それを事業価値に結び付けられないでいるのだ。

 水平分業の時代で、もう一つ変わったことがある。多くの企業は自社用に開発、生産していた部品などを、他社にも分け隔てなく供給することが当たり前になった。誰でも優れた基幹部品を調達できるようになったのである。この結果、新規参入が極めて容易になった。アジアの国々がデジタル家電にどんどん参入してくるのはそのためだ。
 
 こうした時代に、自社の製品と完全に競合してしまうJVCブランドを松下が持ち続ける理由はない。いわば、「持てあまして」いたのだ。この状態が長く続いていた。にもかかわらず、この時期になって売却の噂が盛り上がるのは、自社グループのリストラ、再編が一段落した今、やっと最後の聖域に手を付ける時期がきたということだろう。

 買収する企業がどこになるかということは、「日本ブランドの行方」という視点からも興味が尽きないが、その詮索はさておき、JVCと同じような苦境に立たされている企業が、今後どのように戦略転換すべきかを考えてみたい。

 製品を作って市場に供給すれば売れるという時代は終わった。まず、このことを認識する必要がある。それに加えてデジタル製品は、基幹部品を他社から購入することができれば、他社と同様の製品が簡単に作れてしまう。アナログ時代の「擦りあわせ型の製品作り」に秀でてきた日本のビジネスモデルが転換を求められている所以だ。液晶テレビを作っても、同じ液晶パネルを調達した他社がすぐに攻め込んでくる。その後はし烈な価格競争になる。

 だが、こうしたビジネス環境は、特定企業にだけ当てはまるのではなく、皆が共有しているものだ。その中にあっても、成功例はちゃんとある。後発にも拘わらず市場を席巻したポータブル音楽プレーヤーのiPodなどは、典型的なものだろう。iPodを製品ととらえてはいけない。製品の優秀さで勝負しているわけではないからだ。iTunesというソフトウェア、iTunes Storeを核とした音楽配信の仕組み、よく考えられた広告、アップルストアの展開といったマーケティング手法、ブランド構築手法等を組み合わせて、生活シーンになくてはならない「しくみ」にまで育て上げたのだ。

 このようなお手本があるにもかかわらず、日本メーカーは、市場にムーブメントを起こすような独自の戦略を提示できていない。それには、いくつも理由がある。そして、その多くは、人と組織の問題に帰結すると私は考えている。従来の日本企業では、例えば「闇研究」と呼ばれるようなものがあった。正式なミッションはなくても、個々の社員が興味や情熱のおもむくまま、何かを研究したり開発したりすることが、ある制限の中で黙認されていたのである。こうしたもののいくつかは、具体的な「下からの提案」として俎上に載り、そのうちのいくつかは商品として市場を賑わせた。しかし、現在はノルマや成果主義が社を覆い、自分自身に課せられたミッション以外のことに熱意を注ぐような雰囲気は一掃された。「下からの提案」を生む土壌が失われたのだ。では、それに替わってトップが素晴らしい提案を連発するようになったか。状況は、読者の皆様がよくご存知だろう。

 米国では、大企業のトップがよくアイデア創造、コンセプトメーキングを行う。それに替えて、事業/製品コンセプトが明確なベンチャーを買収することも多い。これを専門職のスタッフに託し、戦略立案から実行までのプロセスに従い順番に「落として」いく。一種の役割分担、モジュール化だ。

 多くの日本企業は、このアイデア創造とコンセプトメーキングがなかなかできない。だから、これを受けて立案すべき戦略がうまくできないのではないかと思う。卓越したアイデアやコンセプトがないから、市場調査に基づいて戦略立案が行われている。だから、できるのはせいぜい「作るべきものを作る」ことくらい。結局、他社と横並びのものしかなかなかできないという結果になる。

 前稿でも述べたが、「作りたいものを作る」「やりたいことをする」という切り口でしか他を凌駕するコンセプトを作ることは難しいと私は考えている。市場調査データは、その戦略の優位性の確認や修正に使うべきだろう。これが抜け落ちては、「よいものは売れる」というプロダクトアウトの罠にはまってしまう。

 そうだとして、日本の企業トップに「明日から卓越したコンセプトを生み出せ」と要求しても、それは無理だろう。そうであれば、それを補間する方法を考えればよい。その一つは、「下からのコンセプトの提案」が生まれる仕組み、風土を再構築することだ。その努力は極めて重要だと思うが、これも一朝一夕にできることではない。

 即効性のあるやり方は、ベンチャー企業や社外にある個人のアイデアをうまくキャッチし、利用する手だろう。もちろん、異文化の発想を導入するわけだから、社内の抵抗はあると思う。だが、社内で蔓延する収束思考、自社の都合、社内政治を打破し、過去の成功体験に裏付けられたビジネスしか展開できない風潮を改めないと、もはや生き残ることすら難しいのだ。JVCに限らず、それを証明する事例なら世の中にいくつもころがっている。

著者紹介

生島大嗣(いくしま かずし) アイキットソリューションズ代表
大手電機メーカーで映像機器などの研究開発、情報システムに関する企画や開発に取り組み、様々な経験を積んだ後、独立。既存企業、ベンチャーのビジネスモデルと技術の評価、技術戦略と経営に関するコンサルティング、講演などに携わる。現在は、イノベーション戦略プロデューサーとして活動している。生島ブログ「日々雑感」も連載中。執筆しているコラムのバックナンバーはこちら

本稿は、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。

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