ソニーにもノキアにも作れなかったワケ
アップルのスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)が1月9日、同社のイベントであるマックワールドにおいて、「iPhone」と呼ぶ携帯電話機を発表した。単にアップルがコンピュータとiPodに加えて携帯電話に進出したということではない。「技術経営」や「ものづくり」という観点から見ると、二つの際立った特徴が見て取れる。一つは、製品コンセプトの作り方であり、もう一つは囲い込み戦略である。
作りたいものを作る
まず、製品コンセプトについてまず考えてみよう。iPhoneはアップルが作ったスマートフォンである。欧米に行くと、かなりの人がスマートフォンを使っているシーンに出くわす。このスマートフォンはパソコンとインターネットに親和性の高い基本ソフト(OS)が搭載された小さなコンピュータであり、インターネット接続ができ、携帯電話機能が搭載されており音声通話もできる。
一番有名なスマートフォンは、カナダのRIM社が開発・販売するブラックベリーだろう。米国の街中で、小さなフルキーボードを親指で操作している人を見かけることがある。携帯電話機最大手のノキアは、E61というスマートフォンを発売しており、日本でもE61をSoftbankとNTTドコモに対応させた製品を投入している。ウィルコムもW-ZERO3を販売しており、かなり話題になった。
スマートフォンの特徴は、パソコンとの親和性が高いことだ。パソコンにあるスケジュールや電子メール情報と同期をとりながら、各種のビジネスアプリケーションをモバイルで利用できる点がビジネスパースンに重宝がられている。ただし日本では、スマートフォンはまだまだニッチ商品である。携帯電話機などの端末機器はメーカーではなく各通信事業者が販売し、その端末は他の通信事業者では使えないという、国際的には特殊なビジネスモデルをとっているためだ。
話をiPhoneに戻すと、この機種はスマートフォンに分類されるべきものである。しかし、製品コンセプトは先行したビジネス用途主体のスマートフォンとはまったく違ったものといえるだろう。例えばそれは、タッチパネルを使用した斬新な利用方法とデザインや、アップルのパソコンMacの基本ソフトを搭載したことに現れている。つまり、ビジネスパーソンにとどまらず、MacユーザやiPodユーザといった一般のコンシューマをも取り込むエンターテインメント性を備えているのだ。ジョブズCEOは、iPhoneの発表と同時に、社名を「Apple Computer Inc.」から「Apple Inc.」に変更することを発表した。コンピュータ・メーカーではなく、情報家電メーカーとして自らの立ち位置を明確にしたのである。
本来なら「スマートフォンをリードするメーカー」というポジションは、ソニーをはじめとする日本メーカーが占めてよいはずだ。ところが、いつしかその地位を海外メーカーに明け渡してしまった。世界の動きを見ずに自分の殻に閉じこもってしまったことが一つの原因だろう。だが、日本メーカーがiPhoneを生み出せない理由は、それだけではないような気がする。
一般にプロダクトを開発する場合のアプローチとして、「できるものを作る」方法と、「作るべきものを作る」方法がある。単にできるからと言って製品を世に出しても成功は難しい。手堅くビジネスで成功するためには、市場を調べて、作るべきものを作るアプローチに頼ることになる。メーカーの多くはこの観点からプロダクトマーケティングを行っている。こうすれば、優等生的な製品は作れる。その代わり、作り手の特徴は薄れ、極論すれば他社並みで面白みに欠けるが製品に仕上がる傾向が強くなる。
この視点でアップルをみると、「作るべきものを作る」という発想で製品を開発しているわけではないように思う。もちろん、「できるものを作る」でもない。自らムーブメントを生み出す手法を取っている。すなわち「作りたいものを作る」である。経営トップによるコンセプトメーキングに基づき、経営トップ自らがプロジェクトに参画するトップダウンの手法だ。
日本メーカーに限らず、ノキア、サムスン電子、モトローラといった世界の携帯電話市場を牛耳っているメーカーも、海外でスマートフォンを販売しているソニー・エリクソンにも、iPhoneのような製品は作れなかった。それなのにアップルは開発できたのは、経営トップが作りたい製品や事業コンセプトを明確に打ち出し、形にするまで自ら関与していく姿勢を打ち出したからだろう。iPhoneを発表したマックワールドで、ジョブズCEOは2年半に及ぶ開発の苦労を語り、「最後の半年は家族と夕食を共にできなかった」とスタッフはじめ関係者に感謝の意を述べ、涙ぐんだという。
一度入ったら抜けられない
次に、二つ目の特徴である囲い込み戦略について議論してみたい。製品の目新しさに隠れてあまり目立たないが、iPhoneにおいてアップルは、この戦略をうまく利用する仕掛けを用意している。
ちなみにiPhoneという商標は、インターネット用通信機器メーカーのシスコが取得している。アップルとシスコは、商標の使用について話し合っており、合意に近づいていたとされるが、合意前にアップルがiPhoneという名称を用いて製品を発表してしまい、シスコがアップルを提訴する事態になっている。
争う両社の製品戦略は正反対と言えるだろう。相互運用が必要なネットワーク機器を製造するシスコは、オープンな規格に基づいて製品を作るアプローチを重要視している。これに対してアップルは、自社開発の技術を厳密に管理する手法を伝統的に好む。代表的な製品であるパソコンのMacシリーズもそうで、 Windowsパソコンとは異なり、ハードウエアからOSまで、アップルが独占的に管理していた。
iPodでも、排他的な囲い込み戦略を踏襲した。アップルのiTunes Storeからダウンロードした楽曲は、iPod以外のプレーヤでは使用できないようにしたのだ。このiPod機能がiPhoneには組み込まれている。こうすることで、iPodとiTunes Storeという音楽と映像の配信サービスで囲い込んだiPodユーザをiPhoneに誘導しようとしているのだ。
こうした排他的な囲い込み戦略は、いつも成功するわけではない。アップル自身、Macではこの戦略が裏目に出て苦杯をなめた。携帯型音楽プレーヤの世界でも失敗例はある。ソニーのデジタル方式ウォークマンは当初、独自規格のダウンロード・ファイルしか再生できない仕様になっていた。ところが市場は広がらず、同社はこの路線をその後放棄している。
囲い込み戦略の本質は、「一度そのユーザーグループに入ったら抜けられない」という構造にある。かつての例でいえば、VHSとベータの規格並立時代を思い出せばよいだろう。ベータ方式のテープはベータ方式の機器でしか再生できない。だから、一度ベータ方式の機器を買えば、ベータ方式テープとしてコンテンツを蓄積することになる。こうした資産が発生するから、ユーザとしては買い替えのたびに、次はVHS、またベータという具合に機種の方式を切り替えるわけにはいかない。だからこそ、どのグループに属するべきかをユーザは悩む。その躊躇を振り切るほどの魅力が発揮できなければ、ユーザは獲得できない。そして、ユーザが獲得できない独自路線ほどみじめなものはないだろう。
その点、アップルはソツがなかった。iPodという、デザイン的にも機能的にも卓越したハードウエアの魅力に頼り切ることなく、MacとWindows パソコンの双方に対応するiTunesというソフトウエアを用意し、さらにタイミングを計りながらiTunes Music Store(現在は iTunes Store)という配信サービスを立ち上げた。魅力を次々と示しながら、短期間で圧倒的な数のユーザを獲得したのである。
ハードとソフトを組み合わせたトータルなビジネス展開で、アップルは一大ムーブメントを作りユーザを囲い込んだ。その戦略を前進させ、獲得したユーザをそっくりiPhoneに導こうというわけだ。同社は2008年以降、iPhoneの世界展開を目論む。メーカー直販がほとんど実現していない日本の携帯電話市場で、日本人に馴染みの薄いスマートフォンをどのような戦略で売っていくのだろうか。一方、世界市場で振るわない日本メーカーは、日本市場という「最後の砦」をどのように守っていくのだろうか、興味は尽きない。
著者紹介
生島大嗣(いくしま かずし) アイキットソリューションズ代表
大手電機メーカーで映像機器などの研究開発、情報システムに関する企画や開発に取り組み、様々な経験を積んだ後、独立。既存企業、ベンチャーのビジネスモデルと技術の評価、技術戦略と経営に関するコンサルティング、講演などに携わる。現在は、イノベーション戦略プロデューサーとして活動している。生島ブログ「日々雑感」も連載中。執筆しているコラムのバックナンバーはこちら。
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