木崎 『日経ものづくり』編集長の木崎です。今回は,技術者のモチベーションを高める,言い換えれば士気を高めるためには,どのようなことが有効なのかを考えてみたいと思います。

勝力 開発期間の短縮化,厳しいコスト低減,競争のグローバル化など理由はいろいろありますが,以前と比べて技術者が仕事に追われているのは,間違いないように思います。そんな中,次第に「やらされ感」が強まれば,長期的には日本の競争力の衰退にもなりかねませんよね。

木崎 『日経ものづくり』5月号の特集では,技術者の方への密着取材を試みました。技術者の方が出勤してから退勤されるまでずっと密着してその業務内容を記録,現在の技術者の姿を明らかにしました。今回は,その密着取材を担当した吉田記者にも「井戸端会議」に参加してもらいます。

吉田 よろしくお願いいたします。

木崎 それにしても吉田記者が密着取材した技術者の方は忙しそうでしたね。

吉田 いやぁー,私は横に付いて回るだけなのですが,それだけでもヘトヘトになってしまいました。でも,当の技術者の方々には苦しそうな様子は見られず,モチベーションも高く,てきぱきと業務をこなされているのです。

勝力 そのモチベーションの高さはどこから来るのだと思われましたか。

吉田 簡単に言ってしまうと,「この仕事が楽しいのだろうなー」ということです。先ほども言葉として表現されていましたが,彼らからは「やらされ感」が感じられないのです。かと言って,もちろん好き放題に仕事をしているわけではないのですよ。自分が本来優先すべき仕事があるのに,部下から相談があったり,掛かってきた電話に対応したりなどで,本業が中断されるのですが,それでも次から次へと黙々と仕事をこなしているのです。

勝力 仕事が楽しい,と本人が思っているかどうかは別としても,傍からそのように見えるというのは素晴らしいですね。
 モチベーションを上げるためには,「楽しいことをやる」というのが最善の姿かと思っています。では何が楽しいのかというと,仕事の内容もありますが,その仕事を通して自分が成長しているのが分かるとか,あるいは仲間と喜びを分かちあえる,といった充実感が感じられるからという事もあげられないでしょうか。

大黒 「やらされ感」という言葉を取り上げてみると,サラリーマンである限り,多かれ少なかれ「やらされ感」はあるはずです。逆に,「やらされ感」がないほうがおかしい。なぜなら,本当に好きなことを言ったり,指示したりできるのはオーナー社長だけなのですから。もっとも,人間は弱い動物なので,他人に言われ,他人から指示されないと,何もしないと思いますけどね。
 そんな「やらされ感」の中にも,以前は,多少なりとも自己実現の夢を持っていたのではないかと思うのです。例えば,この仕事を成功させたい,上手くなりたい,一人前になりたい,他人に認められたい,さらには社会に大きく貢献したいとか。自分自身の夢に向かっていくと,モチベーションは生まれますよね。

木崎 昔は楽しく,そして夢を持って技術者は仕事をできた。そのため,モチベーションを維持することができたと言えそうです。では,今の企業活動では,それが許されなくなってきたのでしょうか?

大黒 何といっても,企業が生産性の向上を技術者に追求している実態が,それを許さなくなった大きな原因の一つだと思います。もちろん,ひと昔前が生産性を追求しなかった訳ではないのですが,今に比べるとまだ時間をやりくりできたのでアイデアを練るチャンスはあった。例えば,もっと製品を使いやすくしてやろうとか,もっと安くしてやろうとか,腕の見せ所があった訳です。今は雨あられの様に仕事が来るので,まずはそれらをこなさなくてはならない。その結果として,アイデアを練るために必要な“ゆとり”,つまり,他人の仕事に首を突っ込んだり,他愛もない雑談が白熱したりする時間すらないのが本質的な問題であると言ってもいいかもしれません。これでは良い知恵も浮かばず,やっつけ仕事になるのも致し方がないでしょう。

木崎 私も近年の設計業務の標準化やモジュール化などの話を聞いていると,たまに疑問に思うことがあるのです。標準化やモジュール化は,設計者に余計な部分を考えさせずに,本当に知恵を出すべきところに集中させるような方法だとは思います。ただ,その分,技術者の腕の見せ所の範囲を絞っているようにも感じます。ましてや,考えるのはここだけでいいから良い答えを出せと,常に催促しているような。これでは,「やらされ感」が技術者に蓄積されるのも無理がない気がします。

吉田 私が先日の密着取材を通して強く感じたのは,想像以上に業務の種類が多かったということです。技術者といえば,もっと一つの業務に対してじっくり腰を据えるのかと思っていたのですが,一日の中で目まぐるしく業務の内容が変わっていくのです。正直,すべての業務が楽しいとは感じていないだろうなー,とは思ったのですが,それでもたまに同僚と話している時なんかには,余裕が感じられたのです。

勝力 今,吉田記者の話にも出ましたが,同僚の存在がモチベーションを高める上で一つのキーワードとなると私は思います。単に“同僚がいる”,ということではなく,“尊敬できる同僚”がいるということです。

木崎 自分が将来,こうなりたいと思えるような“尊敬できる上司がいる”という意味でしょうか?

勝力 逆に“尊敬してくれている部下がいる”ということも,モチベーションを高める要因となると思います。
 私もサラリーマンとして,自分自身のモチベーションをどう維持・向上できるのか,同様に部下のモチベーションをどう維持・向上できるのかをよく考えますが,その際に「マズローの欲求五段階説」を元にして整理する事があります。
マズローの欲求五段階説

木崎 マズローというと,人間の欲求を体系的にまとめたアメリカの心理学者ですね。

勝力 彼は欲求を(1)生理的欲求(衣食住),(2)安全,安定の欲求,(3)所属,愛情の欲求,(4)自尊,尊敬の欲求,(5)自己実現の欲求――と五段階に分けました。それをうまく意識すればモチベーション管理,とは言わないまでも,部下はもちろん,自分自身のモチベーション向上に役立てることができるのではと思っています。

大黒 四段階目に“尊敬の欲求”が出てきます。つまり,勝力氏の考えは,ここをうまく活用するということですね。

勝力 すべての欲求はモチベーションにつながりますが,“尊敬の欲求”が一番効果的ではないかと思います。本当は五段階目の自己実現の欲求が会社や組織の方向性と合っていることが一番なのです。ただ,なかなかそうもいかないという現実に直面されている人が多いのではないでしょうか。三段階目にあるように,人間には一つの組織に所属したい欲求があります。仲間がいるという事以外にも,多くの報酬を渡すことで,その会社に所属したいという欲求を満たすことができるかもしれません。ただし,常に高い報酬で欲求を満たすには限度がありますし,仲間に恵まれない事もあります。また,生理的欲求や安全の欲求を満たしてくれない職場は社会の器として少々問題があります。
 そこで最も有効だと考えたのが,尊敬の欲求です。“尊敬できる人がいる”“尊敬してくれる人がいる”という状況を作ることで,組織に所属したいと思えるようになり,所属欲求も満たされる。こういうことを,現場で意識できるようにしていきたいと考えているのです。

吉田 先日の取材でお世話になった技術者の方は,明らかに周りの後輩に慕われていました。おそらく尊敬されている方だったのでしょう。ただ,尊敬される人物になるためには,個人の資質に頼る点が多いですよね。多くの組織で同じような状況を生み出せるかというと,簡単には実現できないような気がします。

勝力 「仕事を任せる」というのが,尊敬の欲求を満たす最初のステップになるのではないかと思います。上司は思いきって仕事を任せて,責任を負わせる。仕事を完遂することができれば部下は成長するだろうし,その結果,部下は上司に尊敬の念を抱いてくれることになるでしょう。逆に上司もその部下が育ってくれること自体に達成感を得られると同時に,その部下の存在を尊敬,認識することにもなります。

木崎 上司には部下の失敗もお互いの成長の一つとして受け止められるような,器の大きさも必要となってくるでしょうね。仕事が次々と降ってくる状況でそれを可能とするには,上司にも忍耐が必要となってきそうです。

勝力 これを実現するうまい仕組み・手段というのが,なかなか考え出せずにはいるのも事実です。上司の器の大きさだけでなく,会社の器に頼るところも大きいかと思います。

大黒 上司の器という話では,モチベーションが低下するもう一つの原因として,責任を取るべき人が責任を取らなくなった,いや取れなくなったことを挙げるべきだと思います。
 業務改革などでよく目にするのが,立ち上げの最終段階で責任を取る立場の人間が責任回避に走り,改革をスタートさせないことがあります。
 SCMなどの業務改革は,部門横断的な改革であり,対象となる業務範囲が広く,そして深い。そのため,総責任者が全てを網羅し理解するのは困難なのが現実です。その一方で,改革の責任は重く圧し掛かり,万が一の失敗も許されない。この不安とプレッシャーから責任者は,事あるごとに関係部門に改革内容などの確認を求めるため,その都度,担当者は資料作りや説明に時間を費やしてきたのにも関わらず,事ここに及んで,責任者は判断に迷い,また資料作りを担当者に命じる。
 それでも,改革が前進すれば良いのだが,何度資料を作っても,いくら説明しても,責任者が腹をくくれないから,同じことの説明を繰り返すだけ。結局,残るのは担当者の“徒労感”だけと言う場面をよく目にします。

木崎 経営へのインパクトが大きく,サラリーマンという立場を超えた決断を,責任者は求められているのかもしれませんね。

大黒 モチベーションが低下する原因には,純粋な「生産性向上」による時間的余裕のなさからくる不安,つまり“ゆとり”がないことを挙げましたが,一方では,不必要な「手戻りや繰り返し」による“徒労感”も見逃せません。ループして前に進まない仕事も問題の一つなのです。
 モチベーションを支えるのは,サラリーマンである限り「給料の額」であることは否定しません。が,それと共に自己実現への前進も,モチベーションを支えているのです。今は技術者の仕事に余裕がなくなってきており,次から次と仕事をこなさければならない。そんな中で,「この仕事は目標に向かって進んでいるのだろうか」「この仕事は本当に役に立っているのだろうか」と不安を覚えてしまう時がある。この小さな不安が積み重なった結果,モチベーションが崩れてしまうのではないでしょうか。

勝力 そんな中で,会社が「モチベーションを高く維持して仕事をしなさい」としか言わない場合,問題が大きくなってしまいそうですね。組織にいるすべての人間がモチベーション高く仕事している,という姿が理想なのですが,現実的にはそれは無理な話でしょう。かといって,モチベーションを維持できていない人ばかりでは,職場に閉塞感が漂ってしまいます。そうならないように,組織を活性化していくこと必要不可欠です。

大黒 モチベーションを維持するためには,一人ひとりが自分の責任と行動に「腹をくくる」ことが不可欠であると思っています。責任のある立場の人が判断を先延ばしにするほど,部下は疲弊しモチベーションを維持できない。上司が責任に「腹をくくる」のは当然としても,部下は自分の行動に「腹をくくる」べきです。
 どちらにも言えることは,会社の指示だけに従っていたのでは腹はくくれません。どうしても自分の意思を明確に持つ必要があります。言い換えれば「自分の行き先は自分で決めるのだ」というぐらいの決意で「腹をくくる」のです。
 この意見を「マズローの欲求五段階説」に当てはめると,五段階目の“自己実現の欲求”まで,私は求めていることになりますね。

木崎 でも,会社に所属している限りは,そう自由勝手に行き先は決められないでしょう。

大黒 ですので,腹をくくる前に,会社が自分に求めていること,組織の目指す方向,自分の作業分担などを「自覚する」ことが必要となります。自分自身のポジションを自覚した上で腹をくくるのです。サラリーマンなのですから,会社のスキームと自分の存在意義が同期できれば腹もくくれるでしょう。また,会社の目指す方向性を十分に考慮した上で,自分の進む道と結び付けて,腹をくくるのも可能でしょう。
 厳しいようですが,自己が自立し,自分の位置付けを自覚した上で,「腹をくくる」ことが今の企業では要求されているのです。

吉田 大黒さんが言われていることは,何となく分かるような気がします。私が取材した技術者の方も,それぞれの業務に思いきりの良さを感じました。変に上司を気にしていないというか,自分が会社を背負っているという意気込みを感じるというか。腹をくくって邁進している,という表現がぴったりかもしれません。

大黒 士気を高めろ,と言いますが,私は“士気”は“志気”だと思うのです。要は“志(こころざし)”なんです。だったら,サラリーマンといえども強い意志をもって,モチベーションを高めていくべき時代なのです。もし腹をくくれないなら,弱い自分を恨んで,“やらされ感”が生じても仕方なし。黙々と働くしかないと割り切るべきだと思います。

木崎 私たちもサラリーマンなので,どこかに甘えがあるのですが,その甘えを取り払って自分の着地点を見つける覚悟が必要なのでしょうか。確かにそこまで腹をくくることができれば,モチベーションは高めることができそうですが・・・・。


【今回の要旨】
 ■技術者のモチベーションをどう高めるか
   →楽しい仕事をするのが最善
   →尊敬できる,される人を作りだす
   →腹をくくって,自分の行く道を自分で決める