先週の4月10日,日経ものづくり誌主催のセミナー「コラボレイティブ・ものづくりデイ2007」が開催された。ITを使って,ものづくりをいかに効率化し,質を高めるか---。これを追求することをテーマに,このところ毎年開催しているセミナーである。ITを使う立場のユーザー企業や,ITツールやソリューションを提供するベンダー企業の方々に講演いただいた。その内容はいずれ日経ものづくり誌に掲載される予定であるが,ここでは冒頭に講演いただいた,セイコーエプソン 情報機器事業本部 ビジネス機器事業部 ビジネス機器企画推進部 副主幹の坂井佐千穂氏のお話の中から筆者が特に興味をもった「コトづくり」の重要性を強調したくだりをまず紹介したい。

 坂井氏は,今後の日本のものづくりの方向性は,「日本のものづくりの良いところは維持,進化させながら,『ものづくり』を包含した『コトづくり』へのパラダイムにシフトすべきだ」と語った。

 その前提として現状の「ものづくり」は,「基本的には既存の技術を使い,効率化とスピードを追求するものであり,価格下落の消耗戦を招いている」と坂井氏は見る。同氏はまた,こうした「消耗戦」を「削るものづくり」と表現している,と日経ものづくり誌の富岡デスクがブログで紹介している。

 時間やコストを「削って,削って,また削る。それが,現在のものづくりの世界(主に電子機器業界)の実態ではないか」と言うのである。筆者はこのブログを読んでいて,技術者自身も「削られて」疲弊している状況が思い浮かんだ。

「ものづくりを包含するコトづくり」

 坂井氏は講演では,こうした状況を打破するキーワードが「ものづくりを包含するコトづくり」だとし,いわゆるスマイルカーブを使って説明した。

 スマイルカーブとは,横軸(左が上流,右が下流)にものづくりの業務プロセスを,縦軸に付加価値または利益率をとった,よく知られた曲線である。横軸の左端(上流)にマーケティングや製品企画などを置き,真ん中に製造・組み立て,そして右端に販売やアフターサービス関連を置くと,一時の電子産業などでは両端部が持ち上がって真ん中が低い,笑顔のときの口の形に似たグラフになっていたことからこの名前が付いた。

 しかし坂井氏は,現状の日本企業の多くは中央部の製造・生産の部分の利益率はキープできているものの,両端が下がった「への字」の口になってしまっているという持論を展開した。そうした分析の上で同氏は,今後は中央部を固定し(またはむしろ上げて),両端部の利益率を引き上げて,スマイルカーブ型にしていくべきだと強調した。

 つまり,坂井氏の言う「コトづくり」とは,スマイルカーブの「両端」を指している。左端はマーケティング・製品およびビジネスモデル企画,右端は販売やサービスを指す。しかも,製造や生産などの「中央部」のレベルを下げずに,両端を上げるべきだとする。

 とても重要な指摘であり「なるほど,スマイルカーブの『両端』がコトづくりなのか」と,うなずきながら聴かせていただいたが,一方で考え込んでしまったのは,スマイルカーブ化の背景には製品の市場トレンドが水平分業化していることがあり,水平分業が優勢になった状況下で日本企業が成長を続けることの難しさである。

「スマイルカーブの底」が急成長

 水平分業時代の企業形態の一つにEMS(electronic manufacturing service)企業がある。その急速な成長には目を見張るものがある。EMS企業は,スマイルカーブの底,つまり電子機器の製造を最大の収益源にしているために,これまでの常識であれば付加価値は低いはずだった。しかし,台湾を本社とするEMS企業であるHon Hai Precision Industry Co.,Ltd.(鴻海精密工業,通称Foxconn)の営業利益率は2005年度は5.4%と,スマイルカーブの両端も手掛ける大手電機メーカーの多くをしのぐ。2006年度に入ってからも同社の業績は順調であり,2006年上半期の単体売上高は,対前年同期比30%増の3595億台湾ドル(約1兆2583億円),単体営業利益は,同35%増の122億台湾ドル(約427億円)にのぼった(Tech-On!の関連記事)。

 日経エレクトロクス誌7月31日号の特集「鴻海は敵か味方か」によると,Hon Hai社が高い利益率をあげ,急速に成長している秘訣は「速い,安い,うまい」の三拍子が揃っているからだという。「速い」とは,受注から発注までのリード・タイムが圧倒的に短いこと。「安い」とは,各種の部品から材料まで大規模な量を内製することによるコストダウン,「うまい」とは,成形技術や高密度実装技術といった高い技術力を指す。

海外EMS企業の技術力を支えているのは…

 このうち「うまい」の技術力について,それを支えている要因の一つが日本の装置メーカーであることは間違いなさそうだ。中小企業を含めた日本の製造業が培ってきた製造ノウハウが装置に組み込まれ,輸出される。実際,Hon Hai社の工場には,日本の中小金型メーカーなら数台しか持っていないような装置が2000台もズラッと並び,3万人の金型技術者が24時間体制でフル稼働させているという。さらに,東京大学 生産技術研究所の元教授で,金型や素形材の権威である中川威雄氏が,同社の子会社の社長となっており,日本のノウハウを組み込んだ装置を同社向けに開発しているほどである(そのあたりのことを書いたコラム)。

 Hon Hai社などの躍進を見て懸念するのは,EMS企業がスマイルカーブの中央部の利益率を持ち上げる分だけ,垂直統合志向の日本メーカーの利益率が下がっているのではないか,ということである。少なくとも,中央部を担っている日本国内の中小加工メーカーは深刻な打撃を受けていると予想される。つまり,カーブの両端を引き上げるスマイルカーブ化を狙うのではなく,一時のように再び中央部が下がることによってスマイルカーブ化「してしまう」現象が進行しているのではないかと思われるのである。

 では,水平分業モデルが優勢となった製品で,競争力を高めるにはどうしたらよいのか。まず,避けなければいけないのは,前時代の垂直統合モデルを漫然と使い続けてしまうことだと思われる。そこから脱皮するポイントは,製品のものづくりの業務フローの中でどこかに集中してリソースを投入する,またはメリハリをつけることだ。

 その面からも坂井氏の言う両端を引き上げる戦略は重要な指摘である。ただ,ここで考えなければならないのは,EMS企業がスマイルカーブの左側へとどんどん進出してきている点である。EMS企業の基本戦略の一つは,ODM(original design manufacturing:相手先ブランドで設計から製造まで請け負うこと)戦略だが,これは製品の製造から設計,開発,さらには企画まで請け負うようになっている。

EMSがプラットフォームを押さえる?