先々週の2月2日,「日本発のものづくりIT 富士通PLMユーザーフォーラム2007」というイベントが東京都内で開催された。グローバル化が進む中で「日本発のものづくりIT」とはどのような意味を持つのか,興味があったので覗いてみた。会場で昔から取材でお世話になっている富士通の担当者の方にお会いし,ご挨拶すると「このたびこんな本を書いてみたんです」と1冊の本を下さった。『モノを作らないものづくり---デジタル開発で時間と品質を稼げ』(日科技連,2007年1月)というタイトルの本である。

 たくさんの富士通のITツールが紹介されている本なのだろうと,最初は会場でパラパラと拾い読みをしようとした。しかし,読み進むうちにそうではないことが分かってきた。個別のツールという枠を越えて「日本のものづくりとIT」を考えようとする担当者の熱意がグイグイと伝わってくるのだ。その中で,気になる文章に目がとまった。日本の製造業は擦り合わせ型のプロセスが得意であり,それと相性の良い製品開発や競争の場の設定が重要であるとした上で,次のように述べているくだりである(本書p.47)。

 ここで2つのことに注意したい。1つは(中略)製造業のプロセスはモジュラー型が基本だということである。(中略)モジュラー型への努力は怠ってはならない。例えば,数万部品以上といった極めて複雑な製品の設計では,設計の早期にシミュレーションなどの技術も駆使してモジュール分解しておかないと,後工程で調整を繰り返すやり方では最適解に収束しないであろう。2つ目に注意したいのは,モジュラー型,擦り合わせ型といったプロセスは決して固定的なものでなく,同一製品においても能動的に変化するということである。(中略)つまり,新しいジャンルの製品を新たに開発する段階では擦り合わせ型であるが,その後の時間の経過とともに,モジュラー型へとプロセスが変化する。もちろん製造業においては,モジュラー型のプロセスが品質・コスト・納期(QCD)を高めるための基本だ。そう考えると,すべての製品の開発プロセスはモジュラー型に向かうべきである。

「モジュラー型に向かうべきである」

 この文章の中の「すべての製品の開発プロセスはモジュラー型に向かうべきである」という文章が筆者にはとりわけ新鮮であった。日本の製造業はよく言われるように擦り合わせ型のプロセスに優位性がある。そのため,なるべく擦り合わせ型の製品分野を探すか,むしろ擦り合わせ型になるように働きかけた方がよいというのが「定説」だと思っていたのである。

 ここで,このコラムでも何回か取り上げてきたが,「モジュラー型」と「擦り合わせ型」のプロセスとはどのようなものか,再度確認しておこう。

 「モジュラー型」のプロセスとは,目標とする製品の様々な機能を実現するために,製品を要素(モジュール)に分解して,機能とモジュールを1対1の関係として単純化し,さらにモジュール間のインタフェースを標準化して,モジュールを組み立てるだけでものがつくれるようにするプロセスである。

 一方の「擦り合わせ型」のプロセスとは,複数の機能が複数の部品・要素と相互に依存し合う複雑な対応関係になっている製品を開発するために,各部品・要素間を相互に調整し,試行錯誤を繰り返しながら徐々に製品の完成度を上げていくプロセスである。

 日本の製造業は伝統的にチームワークに優れることから,擦り合わせ型のプロセスは得意であった。しかし,この「モジュラー型に向かうべきである」という「提言」から,擦り合わせ型プロセスで頑張ればいいと安心していて,モジュラー化への努力を怠っていることが,日本の製造業の競争力を低下させているという面を指摘しているように筆者には思えた。

 ということは,擦り合わせ型プロセスの適用は慎重であるべきだ,ということになる。擦り合わせ型プロセスは手間とコストがかかるので,それだけの意味あるものに限らなければならない。どのようなケースの場合に擦り合わせ型のプロセスを使うべきか,「基準」はないのだろうか---などと思いながら,同書を読み進むと,そのヒントになりな部分を見つけた。

「擦り合わせこそイノベーションの本質である」

 「擦り合わせこそイノベーションの本質である」と述べたくだりである。特に,製品開発の初期プロセスでは,各種の設計要素やパラメータを検討するが,独創的な開発を達成するには,それらの要素がトレードオフ(N項対立)の関係であることが多い(強度と質量,耐久性とコストなど)。これらのトレードオフを解決することが「イノベーション」であり,「これは人間の頭の中でのアイデアやひらめきを導き出す『擦り合わせプロセス』といってよい」(同書p.49)とする。

 つまり,イノベーションを起こして今までにない画期的な製品を創造する際には「擦り合わせ型」のプロセスを積極的に採用すればよい。一方で,イノベーションがいったん達成されて,あとはそれをベースに実際にものをつくる段になったときには,QCD向上を実現するために,「モジュラー型」のプロセスの可能性がないかどうか常に意識する,ということのようである。

 日本の製造業の場合,擦り合わせ型プロセスを得意とするあまり,そのことが「擦り合わせ過剰」という「落とし穴」となっているということかもしれない。「イノベーション」が一段落してもそれに気付かずに,依然として擦り合わせ型プロセスで開発を進めているということが確かにありそうである。

米国:専門分化,日本:多能工的