木崎 『日経ものづくり』編集長の木崎です。今回から新しいコラムが始まりましたが,よろしくお願いします。
 さてものづくりの明日を,座談会形式(井戸端会議?)で探っていくこのコラム。記念すべき第1回では,改めて中国を考えてみたいと思います。「世界の工場」と呼ばれる中国ですが,経済が急速に成長するとともに,市場としての存在も,また急速に大きくなっています。この巨大な中国市場にいかにして日本企業が食い込んでいくか,今回はここにスポットを当てたいと思います。
 今回は,コンサルタントの大黒天馬氏(以下,大黒)と,コンサルタントの勝力広志氏(以下,勝力),そして私の3人で,この主題に関して議論を深めたいと思います。
 さて,中国にスポットライトを当てましたが,現在の中国市場について,どのように考えていますか?

大黒 自動車業界に限らず,今まで日・米・欧の市場を中心に,ものを売ってきた日本の製造業が,次の市場としてBRICsを視野に入れ,世界での販路を拡大しようとしているのは時代の趨勢として間違いないところだと思います。ただ,中国市場ではあまり順調に進んでいない業種も存在していますよね。

勝力 この前,テレビでこんなニュースを見ました。そのニュースの中で中国の家電量販店のスタッフがインタビューを受けていたのですけど,彼が「日本の液晶テレビはデザインが古く,あまり人気がない」と言っていたのが,すごく印象に残ってるんです。

大黒 いまや,日本の旧型モデルを持っていくというビジネスでは中国市場には食い込めません。いかにして市場に食い込むことができるのかと考えると,一言で言ってしまえば,市場に受け入れられる製品を提供すること。言葉で言うのは簡単なのですが,じゃぁ,実際に実行できるのかと言えばこれが難しい。例えば中国の携帯電話機市場から日系メーカーが姿を消したことからも分かるように,中国市場のニーズを的確に製品に組み込むことが,結果的には,できていないのじゃないかな。

木崎 携帯電話機の例で言えば,まだ日系メーカーが中国でがんばっていた少し前に,編集部員がこんなことを聞いてきました。「日系メーカーは携帯電話機の角の滑らかさとか,細かいところを非常に気にして,そしてこの滑らかさを製品の売りにしていた。けどそんなところ,ほとんどの中国人は気にしないのに」と。さすがに「日本で受け入れられるものは,世界中どこでも受け入れられる」などと思っている人はいないとは思うのですが,ちゃんと市場を研究しているかどうかは怪しいところですね

大黒 市場のニーズにマッチした製品を開発するためには,その市場,つまり中国市場の“匂い”を知ることが重要なのです。携帯電話の例で言えば,角の滑らかさに対する感性と言うことになります。この匂いを知った上で,企業が製品に“Localize(地方色)”,そして“Regionize(地域色)”を出せれば,今回のような話はなくなるような気がします。なんというか“郷に入っては郷に従え”的な発想ですね。

木崎 今,製造拠点に続いて,設計開発拠点を中国に設立する日本企業が増えています。設計から製造までのリードタイム短縮,設計段階から品質の作り込みという効果もあると思うのですが,設計者に現地の状況を肌で感じさせる,もしくは現地の設計者を受け入れることで,大黒さんが言うところの匂いを感じ取ろうと努力しているのではないでしょうか。

勝力 自分は,設計開発拠点を置くだけでは中途半端と感じているのです。次に必要となるのは,しっかりと中国市場をマーケティングする部門でしょう。市場のニーズを真剣につかもうとする仕組みがあってこそ,市場に受け入れられる開発が可能になるはずで,匂いだけでは不十分ではと思うのです。

大黒 同感です。私の考えも勝力氏に近くて,しっかりと市場ニーズをリサーチした上で,開発に活かすR&D部門を設けることこそが,本来の求められている姿なのではと思います。仮に設計部門に中国人を増やし,市場の匂いを汲み取れたとしても,彼らの感性だけに頼っていては博打にしかならない。せめて確率の高い,当てのあるチャレンジぐらいにしないと企業経営とは言えないでしょう。そのためには,マーケティングによる市場分析を前提とした上でない限り,いくら設計開発の現地化だけを強化しても意味がないかな。

勝力 確かに,博打で会社が傾いたのでは洒落にもならないですし。中国市場という特殊性からも,時には,政府がルールを突然変えたりする時もあるので,マーケティングを広い意味で捉えれば,レギュレーションの推移や政令などの布告に注意することも必要になります。

大黒 過去を振り返ってみれば,日本の自動車メーカーは,積極的に米国にR&D拠点を設けた結果,米国市場の匂いに敏感な製品を提供し続け,売上を拡大していきました。ただし,米国市場が大きいので多くの人が地域化と感じなかっただけ。中国市場でも,これと同じことを実践することになると思うのです。

勝力 R&D拠点を設ければ,現地の市場ニーズに合わせて新たな技術を開発することも可能ですし,その技術がコア技術に発展することも期待できるでしょう。

大黒 そこまで期待するのはどうなのでしょうか。中国のR&D拠点に求めるのは,あくまで市場ニーズに製品をadapt(適応)させること。新しい技術を開発することは必要がないとは言わないけれど,そこまで求めるのは酷。というより,企業戦略の視点として今は求めるべきではないと思う。必要なのは,既存の技術,枯れた技術を組み合わせて,市場ニーズにマッチした製品を,素早く送り出すことだと思います。

木崎 でも,中国人の技術者は優秀らしいですよ。ある自動車部品メーカーの話なのですが,この会社は中国での開発機能を強化している真っ最中。理由は中国人の学力レベルの高さと採用のしやすさ。ゆくゆくはコア技術の開発も期待していると言っていました。

大黒 まぁ,それは地力のある企業の例ではないでしょうか。市場にadaptした製品を送り出すことと,優秀な技術者の確保や開発コストの低減という将来の布石の双方を一度に狙うためには,相当の体力が企業に必要のはず。個人的には技術立国の日本という思いがあるので,コア技術の開発は日本の技術者に担ってもらいたい,というか,利益の源泉となるコア技術は,日本の技術者が,今後も開発するべきで,開発力でも生産力でも日本は世界のハブにならないと,将来がないと思っているのです。

勝力 ただR&D拠点を本格的に中国に設けるとなると,人の問題がさらに深刻化しそうですね。これまで「日本の製品=品質が良い」というイメージを足がかりに,日本は輸出国として栄えてきたと思います。過去と異なるのは、日本が先進国の仲間入りを果たし、発展途上の中国に対して進出しようとしている事です。現時点では、品質やブランドを武器に中国への進出を図っているように思いますが,価格の問題はどうしても出てきます。これまで通り高い設計・開発コストをかけて製品を送り出しても,期待するリターンは得られないと思います。
 先ほども言われていたように,現地の物価で現地に合わせたものを作るには,現地の人材の感性とコストを持って市場に適したものを作っていく必要があります。これも最近言われる「適者生存」への道の一つだと思います。そのためには現地の人材から私達の会社を「自分の会社」と思ってもらう必要があるのではないでしょうか?
 そうでもしないと現場作業者が頻繁に止めていく中国において,新しい技術を求め続ける貪欲な技術者を引き止めるのは,簡単なことではないでしょう。

大黒 確かに。手に職をつけることに貪欲な国民性だから,それ相応の対価がないと人材の引き止めは厳しいのかも知れません。でも,こうは考えられないでしょうか。彼らの本当の目的は「自分の価値を高めたい」のであって,コア技術など「新しい技術の習得」はその手段の一つに過ぎない。然るに,マーケティングと連携して市場ニーズを掘り起こし,それに自分自身の匂いという感性を加えた上で,要求されるデザインや機能を実現すべく設計し,製品を市場に送り出す。この一連のプロセスを設計者自身が自分のものにできれば,否応なく自分の価値を高めることになる。これを彼らへの対価にはできないでしょうか。

木崎 仕事の幅を広げれば,設計者をつなぎとめられると。

大黒 そうそう。設計のプロフェッショナルという形での対価提供もあるだろうけど,開発コーディネータ的な対価提供もあるはずだと。無論,どちらにしても,相応に賃金を提供するのは前提ですけどね。

勝力 幅広い業務を任せられるのなら,技術者としてのモチベーションも向上しそうですね。

大黒 市場にadapt(適応)した製品を開発するという命題に対しての基本的な自分の考えは,“郷に入っては,郷に従って製品開発”なんです。しかし,残念ながら,海外市場における“郷”を日本人が持つことは難しい。そのため,現地人を活用して “郷”の分を補完したい,ということなのです。そのためには,現地人が喜んで働いてくれる仕組みを,さらに頭をひねって作っていなかくてはならないでしょう。


【今回の要旨】
 ■中国市場に日本企業はどのように食い込むか
   →市場の“匂い”を感じとるマーケティング部門を置く
   →現地人を活用した設計開発部門を置く
   →現地従業員への対価を幅広く考える