前回に続いて,大阪大学教授の赤坂洋一氏に日本半導体産業の競争力をどう上げるかについてお聞きしたインタビューの後半をお届けする。再度紹介すると,赤坂洋一氏は,三菱電機で半導体プロセス技術者を経験した後,米Applied Materials社の米国本社及び日本法人であるアプライドマテリアルズジャパンの経営に携わった経験を持ち,日米両国の事情に詳しい。2回目の今回のテーマは,「日本流と米国流の良いところ取りをして競争力を上げるにはどうしたらよいのか」である。

筆者 日本の半導体メーカーは,1980年代のDRAM全盛期には「微細化」という大原則に沿って現場のベクトルが合い,高い競争力を誇っていましたが,システムLSI(SoC)の時代になって「微細化」だけではビジネスモデルが描けなくなり,そのときに競争力を落としてしまったという指摘があります。これもトップが明確なビジョンを提示しなかったためということでしょうか。

赤坂氏 そうだと思います。それとともに,パラダイム・シフトを見誤ってしまった。半導体の付加価値が「どうつくるか」の製造技術から「何をつくるか」の製品技術,設計技術へと移っていきました。一方で,先ほど言ったように(注:前回のコラム参照)製造技術については装置メーカーがソリューションを提供するようにシフトしてきたのですから,半導体メーカーとしては,プロセス技術から設計技術に力点を移すべきだったのです。しかし多くのプロセス技術者たちを抱えていたために,その声に押されて,設計シフトが十分にはできなかったということです。

筆者 「何をつくるか」を考えるにはマーケティング部門の役割は大きいのではないかと思いますが。

赤坂氏 確かに米国企業はマーケティング部門が非常に強力ですね。技術のことを熟知したマーケティング担当者が世界中の顧客を回って「こんなものを作ったらどう思いますか?」とか「どんなことに困っていますか?」と徹底的に聞いて回ります。ヒアリングした内容はミーティングの1時間後にはレポートになって全世界の担当者に回され,まずは短期的な対応が直ちに全社レベルで話し合われます。さらに,中長期的には,マーケティング部門が中心となって顧客の本当のニーズは何かを議論して,グローバルなニーズにあった製品とは何かを提示するのです。

大学の先生に頼ったマーケティング

筆者 米国に比べると,日本企業のマーケティングは弱いですか?

赤坂氏 話にならないと思いますね。日本企業のマーケティングって,半導体製造装置の場合,大学の先生に「どんな装置を作ったらよいでしょうか?」と聞きに行くことだと言ってもよいくらいですね。どんなに優れた先生でも,半導体産業界に在籍してビジネスをやったことのない人がほとんどですから,グローバルな顧客のニーズからどうしても懸け離れてしまいます。

筆者 顧客の言うことを聞くのは大事ですが,聞き過ぎてしまってオーバーシュート(注:ここでは,提供する品質が実際のニーズを超えてしまうこと)を起こしたりしませんか。

赤坂氏 米国企業のマーケティングを見ていますと,顧客のニーズを聞いても,顧客の言う通りにはしないのです。顧客自身が気づかない,顧客にとって最もいいソリューションを提案することがマーケティング担当者の仕事です。もっとも,「ゴッド&スレーブ」の日本では「偉そうなこと言うんじゃない!」と怒鳴られて終わりだったりしますが。

筆者 米国メーカーの利点ばかり聞いてきた気がしますが,欠点もありますよね。

赤坂氏 もちろんです。先ほど,半導体メーカーとして日本企業は設計や「何をつくるか」に弱いと言いましたが,米国企業はその逆の製造や「どうつくるか」が弱いですね。

筆者 現場力が低いということでしょうか。

信じられないことが起きる米国の製造現場

赤坂氏 それもあります。装置メーカーの製造現場では,日本の感覚では驚くことの連続ですよ。これはずっと以前の事例ということをお断りした上でお話しましょうか。ある完成間近の装置の組み立て現場で,作業員が胸ポケットにドライバーを入れていまして,チャンバーをのぞき込んだときにドライバーをチャンバー内に落としてしまってパーにしたことがありました。またあるときには,顧客がカンカンに怒っているというので行ってみると,なんとタバコの吸殻が装置内に入っていたこともありましたね。ボルトの締め方一つとっても作業員はマニュアル通りにはどうしてもできない。いろいろ努力してはみましたが,製品の信頼性はなかなか上がりませんでした。それから製品管理やコスト管理も意外に苦手ですね。

筆者 現場の改善活動は日本のお家芸ですかね。「ものづくり力」と言ってもよろしいでしょうか。

赤坂氏 私は「ものづくり」という言葉は「ハード」だけを意味するイメージがあると思うので普段はあまり使いませんが,ものづくり力と言っていただいても結構でしょう。とにかく,確実さがまったく違います。日本では現場が独自にどんどん改善案を出してきます。例えば,ポリスチロールをそれぞれの部品の形にくりぬいて,そこに部品を収納して部品の消失を防いで確実に組み付けるような工夫をどんどん考案する。米国では改善案など出てこないどころか,日本のやり方を適用しても,ポリスチロールに部品を収納することすらきちんとやってくれない。

筆者 日本は現場レベルではビジョンの共有はできているということでしょうか。

赤坂氏 ええ,例えば,三菱電機にいたころの経験ですが,「今製造しようとしているチップは世界の最先端で,当社が初めて世に出すものだ。社運がかかっているから皆で頑張ろう!」と言うと,ものすごいやる気を出してくれる。むしろ現場のオペレーターが主導権を握って,スタッフ部門や開発スタッフにハッパをかけたりするんですね。それと,私は,日本人は本質的に「人に対する優しさ」を持っていると思います。それが製造現場ではうまく働いていると思いますね。

筆者 そうした日本人が本来持っている「ものづくり力」をどう競争力につなげていくかが重要なんでしょうか。

製造技術力で差別化を

赤坂氏 もちろんです。先ほど半導体チップの付加価値が製造から設計に移っていると言いましたが,一方で,装置メーカーは製造技術力が競争力に結びつくようにビジネスモデルを変える努力をすべきだと思います。例えば,製造技術力を上げる→装置の信頼性が上がる→コストが下がる→マーケットや顧客ニーズの変動に対する生産対応性が上がる――という利点を顧客に全面的にアピールすべきですね。装置の信頼性が高いということは稼働率がもともと高いわけですから,例えば「稼働率が何%以下になったらカネは取らない」とコミットメントすれば,信頼性の低い装置に対する差別化という新しいビジネスモデルになります。装置に限らず,日本人が得意な製造技術で差別化する戦略を考えるべきだと思います。

筆者 「何をつくるか」が重要なSoCでは日本企業が競争力を上げる方策はありますか?

赤坂氏 私は本来,日本人は「何をつくるか」の部分が得意なのだと思っているのです。新しいエレクトロニクス機器はほとんど日本発であることを思い起こしてください。商品企画力はあるのです。問題は,それを半導体に落とし込む「設計」の部分が弱いことです。設計と製造の両方でバランスよく強くなったときに,日本は高い競争力を発揮できるようになるのではないでしょうか。

筆者 設計を強化するにはどうしたらよいとお考えでしょうか?

赤坂氏 企業ももちろんですが,大学における教育を根本的に考え直した方がいいですね。だいたい,私のような本来プロセス技術者が大学教授をやっておったのではダメなんです(笑)。現場で半導体の設計をやっている方にどんどん教授になっていただいて,学生を教育してほしいと思います。国家プロジェクトも,もっと設計に重点を置いたものにすべきです。

国家プロジェクトのテーマ設定の再考を