筆者は前回書いたコラムの中で,技術者にとっての「ものづくりの喜び」とは,完成品を仕上げることからくる感動であり,大規模化した半導体分野の技術者は全体を見渡すことが難しくものづくりの喜びを味わうことは難しい,といった趣旨のことを書いた。それに対して,公開コメントおよびTech-On!Annex会員のノートで,「ものづくりの喜びとは,半導体技術者も含めたすべてのエンジニアに共通のものである」という趣旨のご意見をいただいた。

 それらを読んで,確かに一理あると思った。筆者の考えをどう修正したらよいのか想いをめぐらせていたら,パソコンに向かって難しい顔をしているTech-On!のシステム担当者N君が目に入った。N君はかつて大手電機メーカーで半導体技術者をしていたのを思い出したのだった。ということで今回のコラムは,N君との対話形式でお送りする。

半導体技術者にだってものづくりの喜びはある

筆者 君はかつて半導体技術者だったわけだが,まずこのコラムとコメントを読んで「半導体技術者にとってのものづくりの喜び」という点ではどう感じただろう? 率直な感想が聞きたいんだけど。

N君 私は電機メーカーの半導体事業部門でリソグラフィ・プロセスを開発していたので,半導体技術者全体について言えることかどうかは確信が持てませんが,私の経験では「もの」をつくる喜びはありましたね。その点では,このコラムの内容に違和感を覚えたのは確かです。

筆者 具体的にはどのような喜びなの?

N君 まず設計ルールを微細化したいというプリミティブな要求があって,そのために,いかにレジストのパターンをきれいに形成するかということにそれこそ青春のすべてというか生活のすべてをかけて取り組んでいました。そのためにはレジスト材料の組成をいじったり,露光装置のフォーカスや位置合わせを調整したり,下層や隣接パターンからの反射の影響を抑えたりと,さまざまなパラメータを振って試行錯誤を繰り返していました。徹夜の連続の末にそれなりのものができたときは大きな喜びでしたね。

筆者 きれいな形状のパターンってどんなものなの? やはりそれも「もの」なんだろうか。

N君 きれいな形状のパターンとは,少し専門的になりますが,(1)設計に正確な平面形状,(2)スカッと立った断面形状,(3)下層との正確な位置合わせ---の3点です。このパターンは電子顕微鏡で見ないと分からないくらい微細なものですが「もの」と言ってよいでしょう。レジストや露光装置の条件を変えながら苦労して作り上げたものが目に見えて分かりますから,うまく行ったときはそりゃ嬉しいものです。

筆者 それは高いハードルを越えたことによる達成感のようなものなのかな。ものづくりの喜びと言うのは,ある程度最終的なものを仕上げるところに感じるものなのかと思っていたんだけど。

N君 確かに我々にとっての最終的な製品は,(「黒いゲジゲジ」とか呼んでいましたが)電子機器に組み込まれる半導体チップなわけで,あまり可愛いものでもないし,誰がどのような用途で使うのかも見えにくいという面はあります。半導体技術者にもいろいろありますが,私たちのようなプロセス技術者と自動車(完成車)の技術者とは,そのあたりがまったく違うところだと思います。「ものづくりの喜びとは,顧客が喜ぶ姿を想像すること」だと定義するなら,我々の仕事は当てはまらないでしょうが,ここで言う「ものづくりの喜び」とはそういうものではないでしょう。

筆者 ものづくりの喜びは最終製品に限定するものではない---と。

N君 そうです。自動車分野だって,細かい要素部品,例えばギアとかを設計している技術者は,いかに摩擦を少なく,動力をうまく伝える形状にするかということに血道を上げているわけで,必ずしも自動車という最終製品をイメージして仕事をしているわけではないんだと思います。

「微細化の原理=きれいなパターンづくり」と「会社原理=利益拡大」の両方が必要

筆者 半導体に戻らせてもらうけど,君がそのきれいなパターンを作ることに,そこまでのめりこんで喜びを感じるのはなぜだったのだろうか? ただただ,きれいなパターンを作ることが面白いのか,それとも,それによって製品のコストパフォーマンスや品質が上がって会社が利益を出せるということを動機にしているのか,どちらなんだろう?

N君 少し問題を整理させてください。「きれいなパターンを作ること自体が面白いか」と問われると,そういう面も確かにあるのですが,ちょっと違うような気がします。というのは,なぜきれいな形状にしなければならないかという点については「微細化」という大原則がありました。この世界にいるものは誰も疑わなかったルールで,「原理主義」といってもいいかもしれません。この原理なくしてきれいなパターンを作ることに意味はありません。それに基づいてものづくりに成功したときに喜びを感じる,という感じでしょうか。

筆者 つまり,パターン形成という「ものづくりの喜び」の根源には微細化という原理があったと…。

N君 ええ,その原理に基づいて,微細化の目標はどんどん高度になっていきました。ある設計ルールと微細化された次世代の設計ルールでは,プロセスの観点からはまったく違う世界になるのです。条件から材料からすべて一から見直さなければならない。そういうあくなき「チャレンジ精神」といったものに突き動かされていたと思います。

揺らぐ「微細化の大原則」