「売りづくり」という言葉をご存知だろうか。筆者は,9月7~8日に開かれた「2006東京国際デジタル会議」の中のパネルディスカッション「ものづくりサミット(後半)海外新興市場に狙いを定めよ」で初めて聞いた。松下電器産業 グローバル戦略研究所 首席研究員の安積敏政氏が語った言葉だった。安積氏は,日本の電機産業がBRICs(ブラジル,ロシア,インド,中国)などの海外新興工業国で勝ち抜くには「ものづくり」ではなく「売りづくり」に注力すべきだと主張する。ほぼ同義と思われる「マーケティング」と言わずに,わざわざ耳新しい「売りづくり」という言葉を使ったのは,「ものづくり」だけでは勝てないということを強調したいからだろう。「売りづくり」は「日本」を救うのだろうか---。

 このパネルディスカッションは9月8日の午前,立命館大学 大学院 経営管理研究科 教授の濱田初美氏をモデレータとして,松下電器の安積氏と富士通 電子デバイス事業本部 戦略企画室 主席部長の大山聡氏をパネリストとして開催された。濱田氏による「海外新興市場の成長が著しいにもかかわらず,エレクトロニクスの最終製品市場において,日本企業は韓国,欧州勢に遅れをとっており,低成長に甘んじているのではないか」という問題提起をもとに議論が進んだ。

「マインドセットを変えることが前提」

 エレクトロニクス製品の価格下落が激しく,販売時の「旬」がどんどん短くなるという現状を踏まえ,安積氏はグローバル市場で日本のエレクトロニクス産業が勝ち残るためのポイントを3点示した。ただ「その前に」と強調したのが,日本企業がまずマインドセットを変えなくてはならないことだった。

 マインドセットを変える試みは「日本企業は韓国や中国に負けるはずはない」という感情論を排し,各国の状況を冷静に見ることから始まる。その上で「アジア諸国もキャッチアップする可能性がある」という正しい認識にマインドを変えられれば,以下の三つの方策が有効性を持ってくると安積氏は述べた。

 勝ち残りのポイントの第1は,ブラックボックス化や知財戦略を駆使することで,日本企業が持っているコア技術を守り,競争優位の状況をできる限り長引かせることだ。つまり,アジア企業のキャッチアップにタイムラグを持たせる守りの戦略である。

 ポイントの第2は,ターゲットとすべき市場と事業を絞り込む「選択と集中」の戦略を進めることである。グローバル市場といっても多くの国・地域があり,エレクトロニクス製品といってもデジタル家電から通信機器まで多様である。こうした中から,自らが勝たなくてはならない市場を絞り込まねばならない。

 そして第3のポイントとして挙げたのが,SCM(サプライ・チェーン・マネジメント)を活用したスピーディーでグローバルな「売りづくり」を進めることである。

 安積氏は,マインドセットを変えた上でこの3点が三位一体のように経営の中で打ち立てられたときに,初めて勝ち残りの方向に進むことができるとした。中でも,安積氏が日本企業にとって最も弱いポイントであり,特に克服すべき課題として強調したのが第3の「売りづくり」であった。「売りづくり」とはマーケティングのことだが,安積氏はなぜわざわざ「売りづくり」という言葉を使ったのだろうか。

日本は「売りづくり」で負けている

 講演を聴いていて,筆者はその理由が分かったような気がした。同氏は,グローバル市場で日本の競争力がなかなか上がらないのは,日本の「ものづくり」偏重に原因があると見ている。そこであえて「ものづくり」という言葉に近い「売りづくり」という言葉を使って,注意を喚起しようとしたと思われるのである。

 安積氏は,BRICsをはじめとした成長著しい新興工業国を自ら丹念に回った。そして新興市場に肌身で接した結果として次のように語った。「アフリカのタンザニアでもケニアでもナイジェリアでも,実際にこれからマーケットが立ち上がろうとしている街を歩けば,日本のエレクトロニクス製品のプレゼンスが低いことがすぐ実感できます。韓国など海外メーカーに差を付けられているのです。では,そうしたマーケットで,日本は韓国メーカーの何に負けているのかと考えていきますと,決して『ものづくり』で負けているわけではないんです。『売りづくり』で負けているんです」。

 さらに同氏は,こう続ける。「もし韓国や中国企業の方に日本の『ものづくり』と『研究開発』は脅威かと聞けば,YESと答える人はあまりいないと思う。では何を怖れているかというと,先頭に立ってグローバルマーケットで真剣に『売りづくり』を始めることでしょう」。しかし当の日本国内はといえば,以前からずっと「ものづくり」を礼賛する議論ばかりが幅を利かせていると安積氏はいらだつ。「経済産業省は『ものづくり大賞』ではなく,『売りづくり大賞』をつくるべきだ」とまで言う。

「売りづくり」が先か,「ものづくり」が先か