モチベーションをどう持ったらよいのか

 次に考えたいのが,こうした標準食材を世界各国から調達できるような大型レストランで料理人として働いて,果たしてやりがいがあるのかどうか,である。このコラムで以前書いた筆者の友人の蕎麦屋はおそらく嫌がるであろう(Tech-On!の関連記事2)。自ら食材を調達して,下ごしらえから何まで自分の力でやらなくては気が済まないのである。

 それは技術者でも同じだと思われる。プラットフォームベースの設計では,技術者は新規設計を規制される。もちろん,新規設計がなくなるわけではないのだが,決められた部品や材料の中から選定する仕事の重要性が増す。ところが多くの設計者は,1枚でも多くの新規図面を作り出して自らのアイデアを具現化することにやりがいを感じるもののようだ。プラットフォームベースで働く技術者は何をモチベーションにしているのだろうか。そのあたりを,講演のトークセッションで加茂野氏に聞いてみた。

 すると加茂野氏は,まずノキアでは製品を開発担当する部署とプラットフォームを提供する部署と組織を分けており,いずれの部署に所属するかでインセンティブの持たせ方が違うという。インセンティブにはボーナスなどの給与面での対応も含まれている。

 まず製品を担当する技術者にとっては,製品がどれだけ売れたかでインセンティブが決まる。一方,プラットフォーム担当の技術者は自ら提案したモジュールなどがどれだけ製品担当技術者に使われたかでインセンティブが決まるという。売れれば売れるほど,使われれば使われるほど,技術者は評価され,給料も上がるのである。

「インテグレーション」することがやりがい

 また加茂野氏は,同社の製品担当技術者には「製品をいかに短期間に効率良くつくるか」が求められ,それを可能にする能力として「インテグレーション力」があるという。短期間に作るには,いちいちすべてを新規設計していては間に合わない。さまざまなプラットフォームを組み合わせて,インテグレーションする力が重要視されている。

 同社では「インテグレーション力」のことを,「オーケストレーション力」とも言っているという。オーケストラの指揮者のように,各楽器をまとめ上げて,雄大な音楽を作り上げるという意味を込めている。このような指揮者のような能力を持ち,それを発揮することをモチベーションとする社内文化をノキアは作りだしているようである。

 プラットフォームベースのものづくりにおけるモチベーションに関連して筆者がもう一つ考えたのが,個々の部品設計から解放されることによってできる技術者の「時間」の使い道である。この時間は,プラットフォームに何をプラスアルファとして追加するかを考えて実現する時間と言い換えられるかもしれない。

 もちろん,この時間はアドオンの新規図面を作成して,より魅力ある製品としたり,新たなプラットフォームを造り出すのに割り当てられるのが通常だ。さらにプラットフォーム化によって短期間に従来よりも多くの新製品を出せるようになるので,依然として技術者は忙しいのだとも思う。しかしそれでも,ほかの方向性を模索してもいいのではないかと,ふと考えた。例えば,技術そのものから少し離れるかもしれないが,製品を売るための仕組みやブランド作りに時間を割くとか…。

梅棹忠夫の世界と「プラットフォーム+アルファ」

 こうしてセミナー目白押しの怒涛の1週間が終わり,「プラットフォーム+アルファ」と「料理店とのアナロジー」についてブログを書こうか,と思いながら,休日に家で本を読んでいた。梅棹忠夫氏の『情報の文明学』(中公文庫)という評論集である。

 筆者は学生時代,梅棹氏をはじめとする京都大学の面々(桑原武夫氏,今西錦司氏,西堀栄三郎氏…)の書いた本に影響されて,山登りやヒマラヤに傾倒したという経緯もあって(そのあたりのことを書いたコラム),学生時代に梅棹氏の本をよく読んでいたのだが,今思い立って片っ端から読み返しているところなのである。『文明の生態史観』をはじめ,古典の域に達したものばかりだが,現代でも通用する理論であることに驚く。例えばこの1963年に書かれた『情報の文明学』は,脱コモディティ論そのものではないか,と思う。さらに,アルビントフラーの「第三の波」を先取りし,ダニエル・ピンクの「ハイコンセプト論」や「第四の波」(Tech-On!の関連記事3)も包含する理論に筆者には見える。その本の中にこんな記述があった。

 従来,料理というものは食料だと考えていたわけです。そのかぎりにおいては,もっとも古典的な第一次産業,つまり農業の系列のうえにたっています。しかしこれは,経済行為という観点からみると,われわれが食物に金をはらうのは,カロリーとかあるいは何グラムかの食物に金をはらっているのではなくて,味に対してはらう,あるいは味というものに付随する,さまざまなムードに対して金をはらっているのです。料理はひじょうに感覚的,情報的なものだとおもいます。

 筆者はこのくだりを読んでいて,これはひょっとして「+アルファ」のあるべき姿を描いているのではないかと思った。これをそのまま製品にあてはめると,「顧客は材料や部品,プラットフォームに金をはらっているのではなく,機能にたいしてはらう,あるいは機能というものに付随する,さまざまなムードに対して金をはらっている」ということになる。つまり,「+アルファ」は「ムードづくり」にあてる,という考え方があってもよいのではないかと思った次第である。