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技術伝承は2007年問題対策になるのか?

谷島 宣之=日経コンピュータ副編集長、日経ビジネス編集委員、ビズテックプロジェクト担当、経営とIT新潮流2006編集担当
2006/08/02 14:38
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 先日、読者の方から本欄に対するご意見を書き込んで頂いたので、まずそれにお答えしたい。

トップページの方で「ビジネスとテクノロジーの狭間にある諸問題を読者の皆様とともに考えていきたい」と拝見したので、毎回、興味を持って読んではいたのですが、「作家や文学作品の中から、Tech-On!読者が読むと興味深いと思われるものを紹介することにある」ということで趣旨が変わって、読書案内のコーナーになったのですね。それはそれということで、楽しく読まさせていただけると思います。心広くもち、次回も楽しみにさせていただきます。

 本欄のネタを文学関連に限定するつもりはない。ただ、「ここ数回書いているコラムの趣旨は」技術者の方が読まれると面白いと思われる本を紹介することにあって、その場合はあくまでも本の紹介に徹する、ということをお伝えしたかった。引き続き、読んで頂ければと思う。

 今回は文学ネタではなく、西暦2007年問題について書く。

 西暦2007年問題は不思議な言葉である。何かが起こるような気がするし、胡散臭い感じもする。きちんとした論文も関連書籍もないが、言葉だけはしばしば登場する。他人事のように書いているが、実のところ、2007年問題について筆者は「当事者」の一人であり、この言葉が流布したことについて相応の責任がある。というのは3年前に『ベテラン引退がもたらす情報システムの「西暦2007年問題」』というコラムを書いたからだ。おそらくこれが2007年問題にふれた最初期の記事であると思う。

 筆者は20年以上、IT(情報技術)の世界ばかり取材してきた。このため、3年前に書いた2007年問題のコラムにおいては、ITの世界にだけ触れている。ITの2007年問題というのは次のような現象を指す。

 企業や団体が長年使ってきた、情報システムが肥大化・老朽化し、システムの中身、すなわちソフトウエアがブラックボックスのようになっている。システムの中身を修整できるのは、もともとそのシステムを開発したベテランだが、彼らはもういないか、まもなく引退してしまう。残されたブラックボックスは普段は何事もなく正常に動いているが、取り扱うデータ量が急増したり、新しい機能を追加しようとすると、途端に動かなくなる危険がある。

イラスト◎仲森智博
 以上の問題は、ITの世界でかなり前から指摘されていた。様々な情報システムに関する障害や事故の真因は、情報システムの肥大化・老朽化・ブラックボックス化とその問題に対処する人材不足、と言い切って間違いない。

 ブラックボックス問題と人材不足を包括し、一言でどのように呼べばよいか。筆者は乱暴にも、2007年問題と呼ぶことにして、先のコラムを書いた。「乱暴」というのは、情報システムに関して言うと、2007年という年号は問題の本質とは関係ないからだ。西暦2007年に60歳になる1947年生まれの方は、ITの世界ではシステムの開発や保守現場にほとんどおられない。つまり問題はすでに起きており、2007年になって突然何かが起きるわけではまったくない。

ベテラン引退で製造業は好決算?

 一方、Tech-On!の世界で2007年問題といえば、これはもう、製造業の技術継承問題であろう。ベテランが持っている、ものづくりの技能をいかにして若手に継承していくか、という問題である。こちらの問題について筆者は深く取材した経験を持たない。ただ、製造業にITの取材でおじゃまして、製造現場には大変なベテランがいる、という話を聞くことは何度かあった。

 例えば、こんな話である。製造装置を組み合わせ、調整し、生産ラインを作る時、あるベテランが担当すると一回で見事に動く。ところが中堅社員が同じ装置を使い、同じ仕様のラインを作っても、なかなか動かない。ああでもない、こうでもないと調整した結果、ようやく生産ラインとして使えるものになる。

 この話をしてくれた製造業の幹部はこうも言っていた。「現場の神様みたいなベテランは高校を出てから仕事に入られた方が多いです」。

 こうした現場の神様が、日本の製造業を支えてこられたのであろう。とすれば、彼らが一斉に引退してしまうと、確かに何らかの問題が起きるように思える。新聞記事を見ると、大手の重工メーカーや製鉄会社においては、製造現場の人員の4割強が50歳代という。逆に35歳から40歳が非常に少ないそうだ。これはIT産業の現場とはまったく異なる状態である。

 門外漢にもかかわらず、口をはさませてもらうと、日本の重工メーカーや製鉄会社の業績は今後、激変するのではないだろうか。製造現場の人員の4割強が50歳代で、その50歳代のベテランが今後数年のうちに退職するとしよう。そのまま操業を維持できれば、そのメーカーは過去最高の利益を上げるのではないか。いや、逆に操業を維持できず、企業として存続しえなくなるかもしれない。

 実際には、優秀なベテランについては雇用延長措置がとられるだろうし、ベテランの技能を若手に伝承する取り組みが活発になっているから、極端なことにはならず、日本の製造業は2007年問題にゆっくりと対処していくのだろう。

50歳以上と40歳代の意識格差

 と言いながら、筆者は次のような疑問を持っている。「それは本当に伝承すべき技術なのか?」という問いである。

 日経ものづくりの2005年10月号、ものづくりリサーチという欄に、興味深い調査結果が載っていた。「2007年問題で失われるスキル」は何かと、製造業の社員に尋ねたものだ。筆者が面白いと思ったのは、「50歳以上」と「40歳代」で回答にかなりの差があったことである。

 50歳以上の人が「2007年問題で失われるスキル」として筆頭に挙げたのは、「過去の製品に関する知識」(回答者の75%が指摘)であった。これに「臨機応変な対応力」(65.5%)、「経験に裏打ちされた技能」(51.2%)と続く。これに対し、40歳代がもっとも懸念しているのは「経験に裏打ちされた技能」(72.5%)で、以下「ものづくりに関する総合的なノウハウ」(54.5%)、「過去の製品に関する知識」(51.9%)の順となった。ちなみに50歳以上で「ものづくりに関する総合的なノウハウ」が失われるとしたのは38.1%、40歳代で「臨機応変な対応力」が失われるとしたのは21.7%にそれぞれとどまった。

 読者は、「50歳以上」と「40歳代」の意識の差をどう解釈されるだろうか。筆者は次のように考えた。40歳代は、狭義のものづくりのことを考え、ベテランが持っているであろうノウハウに期待しているが、50歳代は、ビジネス全体を見た広義のものづくりまで考え、そこにおけるノウハウの消失を懸念している。

 調査結果によれば、40歳代は、「経験に裏打ちされた技能」と「ものづくりに関する総合的なノウハウ」を50歳以上のベテランが持っているとみており、これらが失われるとしている。ところが、50歳以上はそうは思っていない。「過去の製品に関する知識」と「臨機応変な対応力」のほうが重要とみている。

 過去の製品といった時、販売中のものもあろうが、販売中止のものや現在は主要な製品系列から外れてしまった製品であろう。とはいえ、顧客から問い合わせがあったり、品質面で問題が起きた時には素早く、「臨機応変に対応」しなければならない。また、消費者向けではなく企業向けのビジネスを手がけている製造業の場合、「長年の顧客に関する知識」と顧客に対する「臨機応変な対応力」がものをいう。

 「過去の製品に関する知識」と「臨機応変な対応力」が本当に重要なら、製造業が今、取り組んでいる技術継承は、2007年問題対策として果たして有効なのだろうか。これが筆者の疑問である。

 現場で活躍している50歳代が減っていく以上、何らかの技術継承は必須である。ただ、一歩間違えると、狭義のものづくりだけを考えた対症療法になってしまうのではないか。「過去の製品に関する知識」と「臨機応変な対応力」が重要と指摘する50歳代の声を受けとめた、もう一つの2007年問題対策が必要であるのではなかろうか。

 このあたり、Tech-On!読者の方のご意見を伺えれば幸いである。なお、ITの2007年問題については、「経営とIT新潮流2006」というサイトで特集をしており、読者の方に投稿いただいたITの2007年問題対策を掲載している。ご興味があればこちらも見ていただきたい。

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