コラム

「感性」が商品差別化の決め手---マツダ「ロードスター」に見る脱コモディティ戦略

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2006/05/29 15:46
藤堂 安人=Tech-On!

 先週の2006年5月26日,日経Automotive Technology誌と日経エレクトロニクス誌の主催で自動車技術セミナー「AUTOMOTIVE TECHNOLOGY DAY 2006 spring」を横浜で開催し,マツダの新型(3代目)「ロードスター」の開発主査である貴島孝雄氏に基調講演をお願いした。「感性」という,とらえどころのない価値をクルマという「もの」に転写して顧客に提供しようという考えを語っていただいた。静かな語り口ながら,その「行間」から滲み出るような熱い情熱に触れたような充実のひとときだった。

 貴島氏は講演の冒頭で,初代ロードスターの開発主査であった平井敏彦氏と共著で2003年のSAE(米国自動車技術会)に提出した論文の内容を紹介した。クルマの商品としての価値を感性で定義しようとしたものである。

 貴島氏は言う。「クルマにとって,馬力や加速性能といったことは大事なポイントだ。しかし(ロードスターのクルマ作りを進める際に)いかにクルマが楽しいか,いかに美しいスタイルかという感覚に訴える価値も大切ではないか」。

 背景にはマツダが抱える危機感があったという。何度かの経営危機を経て,平井氏は「トヨタ,日産,ホンダと同じクルマを作っていてはダメだ」ということを口を酸っぱくして社内に説いていたという。「他社が作らないクルマを作ろう」という考え方で開発されたのが初代ロードスターであった。

コンセプトは「人馬一体」

 その初代ロードスターで実現しようとした感性的な価値を表したコンセプトが,「人馬一体」である。このコンセプトは「流鏑馬」(やぶさめ)から来ているという。流鏑馬とは,平安時代から鎌倉時代にかけて武士の間で行われた,走る馬の上から矢で的を射る競技のことだ。馬と人の間で感情の交流が生まれ,コミュニケーションがきちんと図られるときに最高のパフォーマンスが生まれることから「人馬一体」というのだという。

 しかし,馬と違ってクルマは機械だ。相手が生き物でない以上,感情の交流というのは困難である。それでも平井氏らは「ドライバーとクルマの間で感情が持てるような状態を作り出せるのではないか」と考えた。

 「感性」や「人馬一体」という言葉を巡るエピソードで面白いと思ったのは,いずれも英語に訳してしっくり来る言葉がなかったという点だ。無理に英語を当てはめても,説明調になり長くなってしまう。コンセプトを表現する言葉は簡潔な方がよい。このため平井氏らは,日本語をそのままローマ字表記することにした。SAEのペーパーのタイトルは,「Vehicle Development through “kansei” Engineering」(2003-01-0125)である。人馬一体も英語で表記するときは「Jinba-Ittai」とした。

「Nikkei Monozukuri」にした理由

 このくだりを聞いていて,筆者は「日経ものづくり誌」の英文表記を「Nikkei Monozukuri」にした経緯を思い出していた。日経ものづくり誌が創刊されたのは2004年4月だが,その開発段階で英語表記をどうするか議論した。「ものづくり」の概念を英語で説明すると長くなってしまうので,その一部の要素をとって「Nikkei Manufacturing」としたのである。これで商標登録まで済ませて,創刊までカウントダウンとなったある日,昔からお世話になっていた外資系企業の広報・宣伝担当の方に同誌広告長のM君と創刊前のご挨拶にうかがった。するとその担当者の方は「Nikkei Manufacturingはまずい」とおっしゃる。米国本社の役員に「日経ものづくり」のコンセプトを説明しようとしても,「Manufacturing」という言葉で米国人がイメージする概念に邪魔されて伝わらないというのである。「むしろ,ベタにMonozukuriとでもしてもらった方が,先入観がなくて説明しやすいですね」と冗談交じりに言う。

 「でも,それって英語じゃないですよね」とそのときは笑って済ませたのだが,帰りのタクシーの中で,M君と考え込んでしまった。色々と今後の海外展開などを話し合ううちに,M君の口調が次第に激しくなっていく。「やっぱり,Nikkei Monozukuriの方がいいんじゃないでしょうか」「変えましょうよ」「変えてください!」。筆者はといえば情けないことに「Nikkei Manufacturingでもう経営陣の了解も取り付けたしなぁ。今から変えるとなると色々大変な作業が…」と,もやもやしていた。

 このときアタマの中でもやもやしていた大変な作業というのを少し説明しよう。当時はまだ「ものづくり」という言葉は非常にマイナーだった。そのため「日経ものづくり」という誌名自体,経営陣に認めてもらうのに苦労したのである。最初は突き返され,2回目にやっと通してもらった。その際にも「日経ものづくり Nikkei Manufacturing」と併記することでやっと了解をもらったのだった。英文表記をNikkei Monozukuriとするなら,表紙には「日経ものづくり」一本だけで行ったほうがよさそうで,ロゴデザインも変わるし,雑誌の開発チームでもう一度揉む必要がある。その上で経営の了解を再度取る必要もあるし,登録商標も取り直し——。

 ということでもやもやと考えていたのだが,タクシーが会社に着くころにM君の口から放たれた「Monozukuriという言葉を外国に広めるくらいの気持ちでやりましょうよ」という言葉で,筆者の心は固まった。「よし,Nikkei Monozukuriの方向で話し合ってみよう」。

 「ものづくり」という言葉が指す意味には,日本が培ってきた独自の組織能力が含まれ,それらは「以心伝心」といった感性的なコミニュケーションが重要な意味を持つ。人馬一体にしてもものづくりにしても,日本人の感覚に根ざした言葉が英語にないのは当たり前のことなのかもしれない。

人馬一体を具現化した「フィッシュボーンチャート」

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