前回は,リコールに至るまでのプロセスフローを明確にした上で,リコール対応における問題点を指摘した。今回は問題が多いとしたプロセスから,影響度調査を取り上げる。影響度調査をスムーズに実施できる仕組みとはどのようなものなのかを探っていく。

対象製品にたどり着く仕組み

 先に述べたように,クレームや事故が発生した場合,メーカーは,原因とその重要度を判断した後,影響度調査作業を実施する。影響度調査によって,事故の可能性のある製品を洩らさず特定できれば,2度目の事故を未然に防ぐことができるかもしれない。このため,影響度調査は非常に大切なプロセスなのだ。影響度調査における調査内容と担当部署および対象データは以下のようなものとなる。


●図 影響度調査の担当部署と対象データ

 読者の皆様には釈迦に説法かもしれないが,影響度調査における各部門が担当する作業の一般例を以下に整理しておく。

対象顧客の特定
主に営業販売部門・サービス部門が,販売実績やユーザー登録データ,修理実績から,実際に対象製品を所有している可能性の高い顧客をリストアップし,対象製品や対象ロットをベースとして,事故の恐れのある製品を使用している顧客を特定する。

対象製品の特定
主に設計部門が,過去の図面・部品表・現品などから原因部品を使っている製品を洗い出し,事故原因となった部品を使用している製品をリストアップして特定する。

対象ロットの特定
主に生産部門・品証部門が,対象製品の製造時期やシリアル番号を特定して,事故の恐れのある製品の実際出荷数を特定する。更に,生産実績データに含まれる出荷記録や検査記録から,対象製品のボリュームを洗い出す。

 このようにさまざまな部署が担当する過去データに基づき,必要なデータをかき集める作業は,想像よりも多くの時間がかかるものだ。改革プロジェクトにおいて業務ヒアリングを行うと,影響度調査に苦労した話をよく聞く。「Microsoft Excel」などの表計算ソフトを駆使しながら何日も徹夜したという経験をお持ちの読者の方も,きっといるのではないかと思う。

 影響度調査においては,製品の設計データのみならず,生産・営業・サービスと,製造業の全プロセスにおいて,関連する情報を調べる必要がある点がポイントだ。

牛肉のラベルで生産流通履歴が見えるって知ってました?

 昨今「トレーサビリティ(Traceability);追跡可能性」という言葉をよく耳にする。「トレーサビリティ」にはいろいろな意味があるが,最近は「モノ」の一生涯の履歴を,事後に追跡・確認できること,またその度合いを指す意味で使われることが多い。

 トレーサビリティの代表格は,言わずもがな,BSE(牛海綿状脳症)対応として2004年12月から農林水産省のもとに導入された牛肉トレーサビリティシステムだ。牛肉の安全を確保することを目的としたこのシステムは,牛一頭に,10桁の個体識別番号を与えて,出生から消費者に供給されるまでの間の生産流通履歴情報の把握を可能にするものだ。独立行政法人家畜改良センターにて,「牛の個体情報識別検索サービス」が提供されており,10桁の識別番号を入力すれば誰でも生産流通履歴情報を調べることができる(なんと,携帯電話からも可能だ!スゴイ!)。冷蔵庫から牛肉パックのシールを探して検索してみてほしい。

 まさに,原材料(牛に失礼な言い方だが)である牛一頭から,加工した牛肉という最終製品に至るまでのデータを追跡可能にし,顧客からの遡及を実現しているのである。牛肉の世界?ではすでにここまで来ているのだ。

製造業におけるトレーサビリティ

 牛肉のトレーサビリティシステムは,BSEという人の生き死にかかわる「事故」がきっかけになり構築された。しかし,実は,製造業における取り組みの方が歴史は古い。不具合の原因究明などの品質管理や,リコール対応などの安全管理においては,前回から説明してきたとおり,製品や部品の個体識別が重要であり,特に事故が人命に関わる製品に対しては,トレーサビリティが重点的に取り組まれてきている。同様に,牛肉のトレーサビリティシステムは,消費者の安心,そして食の安全を担っているのであるが,製造業におけるトレーサビリティも同様に,製品の安全を担っている大切な仕組みなのだ。にもかかわらず,人海戦術に頼った遡及が行われているのが現実ではないだろうか。

トレーサビリティ実現の難しさ