日経ものづくり誌の書籍シリーズとしてこのほど,トヨタ自動車で生産技術者,システムエンジニアを経験した後,現在はCAD/CAMベンダーの社長を務める新木廣海氏の書き下ろしによる書籍『日本コトづくり経営~トヨタで培った新シナリオ』を発行した。この本を読むと,ものづくり力で定評のあるトヨタが強いもう一つの理由がIT(=コト)にあったことが良く分かる。そこで,製造業の競争力という面で筆者なりに注目した視点を3点紹介したい。第1に,データ中心の「プロセス改革」を進めるためにトヨタ生産方式の活用が有効だったこと。第2に「ソフトウエア軽視」の風潮を改めて日本のものづくりのノウハウを盛り込んで品質を上げることが重要であること。第3に,日本と欧米のものづくりに対する考え方が違うことを認識したうえで,日本のものづくりに合ったIT活用を考えること---である。

データ中心のプロセス改革にいち早く着手

 第1の視点である「プロセス改革」についてまず紹介したいのは,著者である新木氏が1970年代に手がけたプレス金型製造プロセスの開発ストーリーだ。同氏はこのときトヨタにいて,金型製造プロセスの改革に携わっていた。

 それ以前のトヨタでは,まず金型の模型(マスターモデル)を作製し,それを基に金型を加工するスタイルを採っていた。もうすこし詳しく言うと,マスターモデルの表面をなぞって得られる3次元座標値を,電気信号を介して工作機械のサーボモータに伝えることによって3次元形状を切削加工する「倣い加工」という方法で金型を作っていた。

 しかし,マスターモデル方式は加工精度を上げにくい。そこで,どうしても最終段階で現物合わせで金型を修正するという工程が発生してしまう。この修正が効率低下を引き起こす。そこで新木氏らは,マスターモデルを廃して設計データから直接金型を彫る方法に変えることを考えた。CADデータ(マスターデータ)を使って直接一気に金型をNC加工し,検査もデータを基に行うスタイルである。つまり,ものづくりの基準をマスターモデルからマスターデータに変えたのだ。

 このマスターデータを使う新しい方法は,結果的には金型品質の向上や開発期間短縮などで劇的な成果をもたらすことになるが,新木氏によると開発当初は金型製造プロセス全体を変革しようという気持ちはなかった。言ってみれば,倣い加工をNC加工に変えようとしただけである。しかし,金型の直接NC加工には当時,誰も成功しておらず,「NC加工に変えるだけ」といっても大変なことだった。

 実際,苦労を重ねて新木氏らはNC加工に変えることに成功した。ところが,すぐにそれだけでは足りないことに気付く。金型の製作プロセス全体を変えなければ大きな効果は得られない,と新木氏らは悟ったのである。

 プロセス全体を変えるために新木氏らが次に取り組んだのが,トヨタらしいといえばそれまでだが,トヨタ生産方式を取り入れたことだった。トヨタ生産方式のポイントの一つは「品質は工程で作りこめ」というものであり,高い精度を持つNC加工の方がその考え方に沿った手法であったことも幸いした。こうして,NC加工を核にして,トヨタ生産方式に基づいてムダなくものが流れるライン化や平準化を実施し,金型プロセス全体の変革手法としての「マスターデータ方式」を確立するに至る。

 このプロセス変革によって,「高品質な車づくりとモデルチェンジの期間短縮を可能にし,欧米の自動車メーカーに対する優位性をトヨタ自動車にもたらすことができたのである」(本書p.72)。

 単にITを導入するだけでは効果は小さく,それと共に現場のプロセス変革をしなければならないという考えは今でこそ常識化した感があり,実は『日経ものづくり』という雑誌も,ITも含めたプロセス改革に関する情報を提供することを主目的として2年前に創刊したのである。しかし,既に1970年代にプロセス改革という観点でITを捉えていたことに筆者は正直,トヨタの底力を感じた次第である。

経営者にこそ求められる「ソフトウエア=コト」重視の姿勢