コラム

【続】価格下落曲線がコスト下落曲線と交わる時---クルマと家電の「違い」と「類似性」を読者と考える

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2005/12/26 16:08
藤堂 安人=Tech-On!

自動車という製品自体が持つ本質的な特性

 このことはつまり,自動車という製品自体が持つ本質的な特性として「摺り合わせ型製品」であることを意味しているようだ。ここでもう一度「摺り合わせ型製品」の特徴を見てみよう。例えば「走行安定性」や「乗り心地」という機能は単一の部品で実現できるわけでなく,エンジンやサスペンション,タイヤ,ボディといった様々な部品の設計パラメータをきめ細かく調整する必要がある。ちなみに,本質的な意味で自動車が「組み合わせ型製品」になる可能性があるとしたら,半導体や組み込みソフトウエアといった電子技術がどのように自動車に導入されるかにかかっていると思われる。

 前回のコラム記事に対していただいたご意見の中で「自動車の価格下落が急でないのは人命がかかっているからではないか」という指摘があった。これも「安全性」という機能を自動車に持たせるニーズが極めて高く,各部品の調整が極めて複雑でしっかり作ったものにはそれなりの高コストは容認するというユーザーの意識が反映しているということではないかと思う。

 それではひたすら「摺り合わせ」に邁進してユーザーの望む機能を高いレベルで満足させる方向でとにかく頑張ればいいのかと言うと,そういう訳にもいかない。例えばさきほどの「安全性」にしても,「ぶつからないクルマ」(日経Automotive Technology誌2005年冬号の特集)を目指して新しい安全技術が次々に開発されており,部品間の調整作業は複雑さを増すばかりで,開発コストはかさむ一方である。

迫られる自動車の開発負荷低減

 加えて「快適性」を持たせるためのカーナビ,「燃費改善」を達成するためのハイブリッド機構など,新しい部品は増える一方で,自動車の開発における複雑さはさらに増大する傾向にある。いただいたご意見の中でも「ナビの部分だけで(中略)家電メーカーの複数の部門を寄せ集めたほどのリソースが必要なはずです。さらには,エンジンやらミッションやらブレーキやら…。単純に『車』と数えれば1つになりますが,『自動車メーカーは車だけだから,リソースの集中ができるんだよ』というのは暴論でしょう」というおしかりをいただいた。確かに自動車メーカーは膨大な機能をきちんと実現した上で,開発負荷を低減しなければならない,という厳しい状況に置かれている。

 実際,自動車業界では,コストダウンの手法の1つとして家電業界では当たり前の「モジュール化」が導入され始めた。「モジュール化」という意味では両者には類似性があるようである。モジュールとは複数の部品を1つのユニットにまとめて部品メーカーに外注すること。その「まとめ方」では家電業界が先行している。自動車業界が学ぶ分は多いに違いない。

 一方で「モジュール化」に対する考え方で自動車業界が家電業界と決定的に違うのは,ブランド価値についての議論ではないかと思う。

ブランド価値を毀損しないモジュール戦略とは

 日経Automotive Technology誌は2005年11月25日,「自動車部品産業 生き残りへの8つの課題」と題する別冊を発行したが,その中で著者であるコンサルタントのローランド・ベルガー社は,自動車メーカーに突きつけられている課題の1つは「開発負荷がどんどん高まる環境の中でいかにブランド戦略を再構築するかである」とし,以下のように述べている(p.15)。

 ブランド戦略の再構築とはすなわち(中略),自社の商品に付加価値を加える,もしくは拡大することに寄与する技術は何かを改めて定義し,そこに資源を集中投入していくことである。逆にブランド価値に寄与しないような技術や部品の開発は,システム化あるいはモジュール化し,開発責任の所在を明確化した上で,部品メーカーにある程度開発をまさせるという思い切りが必要になる。

 しかし,自動車メーカーにとってブランド価値を上げる技術とは何かについて明確な答えはまだ得られていないようだ。ローランド・ベルガー社は続けて「完成車メーカーは,ブランドに貢献するコア技術をそもそも明確に特定できていない。各メーカーは,自社のブランドが他社のブランドとどのように異なるのか,どのような付加価値を特徴としているのかをはっきりと定義できていないのが現状である」と分析している。

 このため完成車メーカーは,いわば体力が許す限り,コア技術と思われるものを社内に取り込もうとする。日産自動車やマツダはフロントエンド,コックピット,ドア,ルーフなどの比較的汎用性の高いモジュールについては非ブランド価値ととらえ,生産だけでなく開発や設計までも外注する方向を探り,それ以外のエンジンやシャシーといったコア技術については社内に残している。一方,トヨタ自動車は,こうしたモジュールの設計部分についてもブランド価値ととらえ,モジュールの生産は外注するものの,設計は自前で行う方針である。トヨタの体力があればこその戦略ともいえるが,設計効率面でトヨタの足元をすくう可能性がなきにしもあらずではないかと思う。

家電ではコア技術が標準化して外販

 一方の家電やパソコンの業界では,コア技術を使った部品(キー・デバイス)そのものが標準化・外販されているという点で状況は自動車と全く異なる。冒頭で紹介したご意見にあるように,儲かっているのは部品メーカーだけという状況になりがちである。

 その傾向は,コンピュータから始まった。大型汎用コンピュータは以前,CPUやOS,アプリケーション,周辺装置などすべてを1社が開発・製造する垂直統合ビジネスだった。しかし,それが水平分散型になったのは,米IBM Corp.がパソコンを開発するにあたってマイクロプロセサを米Intel Corp.製に,OSを米Microsoft Corp.に外注したことがきっかけだった。Intel社とMicrosoft社はインタフェース情報を公開して部品やソフトウエアを標準化し,IBM社だけでなく多くのパソコン・メーカーに売りまくって高収益を上げ成長したのである(Tech-On!の関連記事5)。

 さらに教訓を示してくれたのは時計産業だ。日経ビズテック誌は第9号(2005年10月26日発行)の特集「停滞産業復興計画」の中で,慶応義塾大学 教授の榊原清則氏の論文「時計・戦略転換でコモディティ化を防げ」を掲載している。榊原氏はその論文の中で,日本の時計メーカーが開発したクオーツ時計の価格が急落してコモディティ化した背景には「オープンな特許政策」と共に「部品外販」があると分析している。

日本製造業の負けパターンとは

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Tech-On!ユーザーからのコメント
ユーザーからのご意見
■あまり自動車と家電品という区分に意味があるようには感じなかった。
コンピュータの世界でも,PCが席巻する前は,汎用機が非コモディティな商売を展開していた。また,最近では,自動車などでも部品の汎用化が進んでおり,そういった部品に不良があった場合には,多くの車種に大量のリコールが広がることが多い。フォード系では,エンジン自体の共用化が進んでいるとも聞く。
要は,場合によってはモジュール利用もするし,また,場合によっては擦り合わせが必要になる場合もある,ということだろう。もっと大雑把に言うと,安くしたいならば,同じものを大量に生産し,それを利用する必要があるということだろう。職人がいちいち擦り合わせを行い仕上げていては,安く販売できる商品は出来上らない。
高付加価値のブランドを構築して非コモディティで勝負するか,部品の共用化,低価格化を推し進めて,大量販売に活路を見出すかは,販売戦略の問題である。それらを,商品名だけで括って論議することは危険だ。 (2006/01/04)
■問題は,大量生産によるコストダウンが総合的に進められるか,それとも個別のモジュール単位に進むかだと思います。
パソコンがAT互換機に収斂されていったのは,パーツメーカーのコストダウンが先行し,それらを組み合わせる方が本体メーカーの製品より安くなる,という状況が生まれたからではないでしょうか。
自動車メーカーも,エンジンなどの一部モジュールを外販していく動きは活発化してきています。ユーザーからは,不要な装備が多いという意見も聞かれます。(2006/01/02)
■車と家電の対比について,興味深く読ませていただきました。
コモディティ化,コストダウンの構造は,「なるほど,そうか」と思いました。しかし,価格下落の構造については,車と家電で大きく異なるものとして,中古車市場を抜きに語るのは問題があるように思います。
また,車はその本質たる「移動の手段」という部分において,物理限界と法的な規制もあり,30年前も今も公道上でユーザーが享受可能な能力が数十倍/数百倍になっているということは無く,そのような古いモデルでも,移動において対応不可ということはないわけです。
各々の機器の成り立ち,開発スピードやコストダウンといった作り手側の状況は良く解かりますが,コモディティ化を考える上では,買い手側から見た市場構造などにも言及する必要があるのではないかと思います。(2005/12/29)
■自動車とデジタル家電の違い,特に価格については,イノベーションの割合の違いだと思います。
自動車は複雑ですから,部品・工程が多い。そのあまたある部品・工程のうち,コスト削減につながる画期的なイノベーションはごく一部。総コストに対する影響が小さい。一方,デジタル家電は比較的単純ですから,一つ二つの部品や工程でもコストイノベーションが起きると,総コストに劇的な変化が起きる。
コスト低下=価格低下は,技術者の誇りだと思います。価格低下で赤字になるのは,別の話になりますが,総合的な意味で経営の失敗です。(2005/12/27)
■自動車とデジタル家電の類似点は,コンシューマ製品であるという以外はあまりないのではないかと思います。
ユーザーの購買基準として,自動車はファッション性の要素が強く,デジタル家電は機能に重点があり,かつiPodなどの例でも分かるようにコンテンツを含めたビジネスモデル全体に基準があります。
自動車の機能は,「走る」「曲がる」「止まる」という3要素が満たされていれば良く,デザイン性以外では燃費くらいなものです。ハイブリッドが売れるのも,燃費という要素以外に「環境にやさしい」というブランド戦略にあると思われます。
車はどちらかというと,服などと同じ感覚で買っているのではないでしょうか。(2005/12/27)
■自動車の場合,外観が売れ行きを左右する重要な要素です。
一方,自動車の走行性能を高めるためには,モノコックシャーシを利用する必要があります。安全性能の主因でもあるため,モノコックシャーシの開発には費用と時間がかかります。ところが,モノコックシャーシは外観の大部分を決めてしまう部品であるため,デザインを差別化するためには,共用することができません。
実際,各自動車メーカーはエンジンなど他の主要部品については,複数の車種間で共用したり,フルモデルチェンジをしても同じ設計のものを流用したりしますが,モノコックシャーシはフルモデルチェンジごとに開発し直しです。これが自動車業界で水平分業が他業界ほど進まない一因です。
時計も,ムーブメントがほとんどの価値を決める機能優先の品ではコモディティ化が進みましたが,筐体が同程度,ないしはそれ以上に価値をもつ高級品ではコモディティ化はあり得ないのです。例え日本メーカーがムーブメントを外販していなくても,いずれどこかの国が外販し,機能優先品はコモディティ化したでしょう。(2005/12/27)
■わたしも垂直統合型の製品/摺り合わせ型の製品といえそうな複写機業界にいるが,インクジェットプリンターなどはモジュール化が多く,どちらかといえば水平分散型であり,電子写真式とはちょっと違うなと感じている。やはり,複合機も少しずつモジュール化が進んでいるが,違うのは特許の量が膨大な業界であり,特殊な業界に身を寄せているのかとも思いつつ,たいへん参考にさせてもらった。(2005/12/27)
■過去の勝ち組が負け組になってしまう罠を,ちょっと見れた気がします。価格を下げることなく(下降度合いを少なくする)売れ続ける製品の分析をもっと紹介していただくと参考になります。結局は,顧客満足度と価格のバランス。買い換えを促進する魅力でしょうね。(2005/12/27)
■自動車とデジタル家電を「同じ」と見るか「異なる」と見るかで意見が異なるようです。
自動車は製品化のための技術ノウハウが膨大なため,まだ日本製が有利に見えるのでしょう。現在,アメリカではビッグ3が没落し始め,日本車が急成長しています。それは以前,繊維や家電で見られた現象です。自動車では,それが遅れてやってきているといえます。一方で韓国の現代自動車は,世界でホンダを抜いて急成長しています。また,日本ブランドの中国生産車が輸出に向けられるようになりました。
現時点で自動車と家電を同じ視点で比べるのは難しくても,時間軸をずらせば同じ経過に見えます。そのうち,中国製のトヨタやホンダに乗るのが普通になるかもしれません。
中国の若者は,非常に積極的に新技術を学び,研究しています。日本の教育の停滞は,やはり20年ほど前に騒がれたアメリカの教育環境に似ているように思えます。(2005/12/27)
■現状はわかりませんが,一昔前は自動車メーカーになるには許認可が必要で,そのことが参入障壁を高くしていたのだと思います。
パソコンなども「故障により被った経済損失を補償する」ビジネスモデルであれば,参入障壁が高く,価格の下落を食い止められたかも知れないと思います。責任範囲が小さい製品は,価格下落が激しいのでは。(2005/12/27)
■「違い」と「類似性」を企業戦略の勝敗から続けることは,このコーナーでは価値が無い。コア技術を産出す発想と投資の現実にフォーカスして,第三の道を考えるコーナーを期待しています。技術を競争の道具ではなく,環境社会へ向けた舵取りの役割として盛り上げてください。(2005/12/27)
■ご自身で指摘されている通り,今ひとつ消化不良を感じますが,さりとて当方もこれといった結論は提示できそうにありません。もっとも,差というのは見方を変えるといかようにも変わりますから,意識して考え続けるのがよい気がしました。(2005/12/26)
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