スーパーコンピュータの高い処理能力を必要とする分野の代表例が、薬の開発です。がんの治療に使われる薬が、がんの細胞にどのようにとりつき、どのように働いているのか、そのメカニズムには未解明の部分が多く残っています。新たな薬を開発する際に、膨大な種類の薬について一つずつ実験し、効き目や副作用を検証する必要があります。スーパーコンピュータを使えば、効率的に開発することができます。

 また、気象の予測に使うことで、社会のリスクを軽減できます。地球全体をより細かく分割して台風の進路などを予測できれば、最適な避難計画などを準備できるのです。10年後、100年後の地球の気温の予測も可能で、この解析結果に基づいて、地球の温暖化を少しでも予防する生活を提唱したりできます。こうした気象の計算に、高性能なスーパーコンピュータを使うことができれば、よりきめ細かい情報を得られます。

 自動車の開発も重要な応用例です。自動車の開発では、もし衝突事故が起きた際、乗っている人へのダメージを最小限に抑える設計が求められます。このために必要なさまざまなデータを、実際に自動車を衝突させることなく、スーパーコンピュータを使って高精度に解析できます。このほか、宇宙の謎の解明など、計算の処理能力に大きく依存する解析に使われます。

京のCPUができるまで

 わたしが開発にかかわったのは、スーパーコンピュータの心臓部を担う半導体デバイスであるCPU(central processing unit:中央演算処理装置)です。京のCPUは、寸法が約23mm角で、処理を担うコアを8個並べた構造です。製造には富士通の45nmプロセスを用いて、約7億6000万個のトランジスタを集積しています。 今回、世界一を獲得した演算では、このCPUを約7万個使いました。演算には、約27時間かかりました。約7万個のCPUが約27時間、全く誤作動することなく動いたことになります。CPU 1個に換算すると、200年間以上、動かし続けたことに相当します。

 コンピュータというのは、同じ計算をさせたら必ず同じ回答を導くと思われがちです。しかし、それは違います。CPUの製造プロセスの微細化が進むにつれて、宇宙線の影響を受けて、「1」と処理するはずが「0」と処理することが起きるのです。これが、計算間違いにつながります。

 こうした影響を防ぐために、CPUの内部に、計算が正確か否かをチェックするための回路を配置してします。もし間違いが見つかったらハードウエアで計算をやり直したりソフトウエアで補正したりすることで、信頼性を向上させています。

 このようなCPUは、基本設計から始まり、半導体デバイスとしてのレイアウトを決める物理設計や、設計したデバイスが狙った通りに駆動するかの検証など、たくさんの工程を経て作られます。その後は製造部門に引き渡し、製造したCPUが無事に動作、検証を完了すれば出荷します。CPUの開発開始から出荷までに通常3年程度かかります。