もの作りを支える有機化学

 化学の力は偉大です。特に、ものを作る上で、最も顕著な貢献をしている理系の学問だと思います。ものの中には有機物と無機物がありますが、その大部分を占めているのが有機物です。有機物は、炭素と炭素を結合させてできている化合物です。これを作るためには有機化学が重要になってきます。

 生物学の世界では、生物から生物を生み出したりします。一方、われわれの有機化学分野では、人間の力で作り出します。これが、化学分野の長所であり、ほかの分野と違う点です。

太陽の力を使って夢の技術を

 化学が今後さらに発展していくと、新たな世界が実現されていくでしょう。例えば、生物が担ってきた役割を、化学の力で代行できるかもしれません。例えば、植物による炭酸同化作用(光合成)です。

 炭酸同化作用とは、植物が、炭酸ガスと水からブドウ糖を作ったり、われわれにとって必要な物質を作り出したりする仕組みです。この反応は、ほとんど中性で、室温で行われています。

 こうした仕組みを、植物は自然に作り出しましたが、現在の人間の力では実現できません。植物の場合、田や畑に植えて育てる労力を必要とします。これに対して、もし人間の力で植物と同じような炭酸同化作用を室温で、しかも中性に近いという条件で実現できて、さらに糖やブドウ糖を作り出すことができたら、これは夢の技術と言えるでしょう。

 このように、化学の分野にはまだたくさん、大きな夢を叶える可能性があると思います。やり尽くされている分野ではないのです。

努力なくして、ひらめかず

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 研究に限らず、ものごとに取り組む際には、ひらめきと努力の両方とも、大切なものだと考えています。ひらめきというと、何もしないで沸き出してくる印象がありますが、何もしないで、ひらめくということはありません。何か努力しているから、何かを知ろうという努力をしているから、良いひらめきが沸き出してくるのだと思います。

 だから、ひらめきとは、ある意味ではラッキーネスというか、思わぬことから出てくるセレンディピティと、わたしは感じています。ひらめきと努力の両方とも、必要なものです。努力をしない人には、そういったひらめきを受けるチャンスは巡ってきません。

本記事は、2011年10月16日に開催された日経BP社主催「Tech-On !Campusミーティング2011」での基調講演を基に編集したものである。