「働くこととはどういうことか」――。働いた経験のない学生にとっては、なかなかイメージしにくいものです。しかし、一般に大学では、授業や研究の指導は充実していますが、働くことや卒業後の進路となる会社のことについて教えることはあまりありません。それでも、大学3年生の冬になると就職活動が始まります。多くの大学生はどうしても、社会に出て働くことがどういうことかよく分からないまま就職活動を開始し、就職先を決めていくことになってしまいます。

松村修二氏
群馬大学 大学院工学研究科 連携大学院 客員教授の松村修二氏

 こうした状況を改善しようと、「働くことと学ぶこと」と題する授業を始めた先生が群馬大学にいます。自動車メーカーの富士重工業の出身で、群馬大学 大学院工学研究科 連携大学院 客員教授の松村修二氏です。富士重工では振動騒音の研究やCAE(computer aided engineering)の開発などに従事し、2006年に群馬大学の客員教授となりました。群馬大学では、産学連携製造中核人材育成事業や高度専門留学生育成事業に参画。また、次世代EV(電気自動車)研究会を設立し、幹事を務めています。

 松村氏の授業「働くことと学ぶこと」は、主に大学1年生に向けたものです。このため、様々な学部(教育学部、工学部、社会情報学部、医学部)の学生が受講しています。「各学部の専門分野にとらわれずに、社会や仕事、働くことの意味や意義を考えることに主眼を置いています」と、松村氏は説明します。

 「働くこと、学ぶことの意味とは何でしょうか」と松村氏に聞くと、「突き詰めて考えると、最後は『生きることとは何なのか』ということに突き当たります」という返事が返ってきました。しかし、「学生に『こう生きるべきだ』と押しつけることはできません」と付け加えます。そこで松村氏の授業では、できるだけ多くの人をゲスト講師として招き、様々な考え方を学生に聞いてもらうことにしています。その中からどの考え方を選ぶかは、「学生に任せる」(松村氏)と言います。

 また、1年間に数回は企業見学に出かけ、その前後には討論を実施して、「社会で生活し働くこと」に対する考えを深めていきます。社会の現場を肌で感じとれる企業見学は、毎年、大勢の学生が楽しみにしています。こうした授業を通して、「学生が一人の人間として社会を見つめ、自分の可能性を発見するための基礎的な知識や考え方を身につけてもらいたい。そして、将来への希望と自信を持ち、また大学で学ぶことの意義を理解して有意義な学生生活を送ってもらいたい」と、松村氏は言います。さらに、「社会で活躍しているゲスト講師の講義などから、友人との連帯の必要性を実感してほしい。様々な学部・学科から参加した学生同士が討論することで、お互いに友達になってもらいたい」と、松村氏は願っています。

 この松村氏の授業は学生からも好評で、年を追うごとに受講者が増え続けています。2011年度は約140人もの学生が受講しました。社会のことや仕事について知りたいという、学生の気持ちの表れといえるでしょう。ただ、受講者が増えたからといって、授業に使える予算が増えたわけではありません。また、見学のために140人もの学生を受け入れてくれる企業を探すのも容易ではありません。「授業の質を維持するのは大変」と、松村氏は嬉しい悲鳴を上げています。

 筆者が参加した1月10日の授業のゲスト講師は、半導体製造装置関連会社の東京エレクトロンFEで代表取締役会長を務める石井浩介氏でした。石井氏は、経営者の立場から「楽しいことと楽しむことは違う。大事なのは楽しむこと」「失敗できる力、恥をかける力が人を成長させる」「凡人だから成功できる」などのメッセージを、分かりやすい言葉で時にユーモアを交えながら学生に伝えました。授業に出席した学生は皆、石井氏の話を、身を乗り出すようにして聞いていました。寝てしまう学生は誰もいません。社会で活躍する石井氏が語る、自らの学生時代や就職活動、会社生活での体験に基づいたメッセージは、学生の心に響いていました。