自転車に乗るために、補助輪を使ったり、自転車の後ろを大人に持ってもらったりするのがちょうど、就職活動のあたり。乗り始めると快適に乗ることが出来ます。

医者や看護師、栄養士など学びが資格として仕事と結びついている場合は、大学に入る段階で、特殊な一輪車に乗ることを選択しています。しかし、デザインの学び場合は就職活動の前に、どちらに乗るか決めることからはじめなければなりません。もちろん、「こっちの自転車に乗りたい!」と言っても、乗せてくれるかどうかは、企業次第。でも、どちらを選択しても、体裁を気にする必要はありません。自分の好きなこと、やりたいことを、失うわけではないからです。

卒業してから始まった就職活動

Sさんが漫画家を目指すとなった場合、一番苦労するのが、ストーリーを作る能力です。人は頭の中にない情報は出せません。人を楽しませる作品を作るためには、世の中で起こっていることを把握し、経験しなければなりません。そのためには、時間もお金もかかります。そのために、Sさんは漫画家という一輪車の乗り方を練習しながら、二輪車に乗ることに決めました。つまり、夢に向かう技術を活かせる職場で、経験を積むことを理想としたのです。

すっかり、出遅れてしまったSさんの就職活動は、卒業後も続きました。中小企業家同友会や商工会議所のイベントに参加したり、ジョブカフェに足を運んだり、地道に求人を探しました。家にいると、めげたり、だらだらしたりしてしまうから、と学校のひまわりさんが滞在する教室にやってきては、隣でポートフォリオを作ったり、履歴書を書いたりしました。

漫画家を目指しデザインを生かす日々の勲章

今もSさんの夢は漫画家になることです。いつか漫画家になる事を夢見て、年に数回、漫画大賞に応募しています。その夢を持ち続けるために、エクステリアの会社で仕事をしています。サラリーマンとして働きながら、人間が紡ぎだすストーリーを記録し、漫画家としての基礎を身につけているせいか、最近、Sさんが描く漫画は、家、風景、人間の体など、寸法に正しいものになってきました。リアルを感じる漫画家に近づいています。

それでも仕事は手を抜きません。ポスティングをするために歩き回り、お客様のお問い合わせに対応し、商談し、見積書を作ったり、商材を発注したり、役場に申請を出しに行ったり・・・。小さな会社ですから、何でも任されます。スーツにパンプスで飛び回る日々の中でも、「女子大生漫画家」ならぬ「二級建築士漫画家」という肩書きを得るために勉強して「二級建築」の試験にも合格しました。

Sさんにとって意外だったのは、デザインを生かせる仕事がたくさんあった、ということでした。お客様との打ち合わせで要望をその場でスケッチしたり、ポスティングのチラシをつくったり、庭のデザインパースを書いたり、記録写真を取ったり、ホームページを更新したり・・・。デザインを生かす仕事は、こんなにもたくさんあったのです。

ある日、学校に顔を見せに来たSさんが、帰り際、ビニル袋をごそごそとしはじめました。

「あの、これ、ひまわりさんに見せたかったんです~」

と言いながら差し出したのは、何と底がパカパカになったボロボロの「パンプス」でした。

「私、仕事でパンプス、履きつぶしたんですよ、すごいでしょ、うふふふ」というSさんの強さに感銘を受けました。人生の分岐点の相談にはのったけれども、その先の歩き方は逆に教えてもらっているような気がしました。これが、Sさんが学生から同志に変わった瞬間でした。

(コラムで提示している学生の事例は、就職塾向日葵が指導したものであり、処方は、個人の状況などによって異なり、すべての人に当てはまるとは限りません)