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遊び心の勧め ―創造の源となる水滴―

下東 勝博=半導体理工学研究センター
2011/09/09 00:00
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 研究開発(R&D)に関する私のお気に入りのスローガンに「破ろう常識、越えよう限界」がある。確かに、「常識に挑戦しよう、限界を超えよう」と言うのは勇ましい。しかし、知らない人から見れば、それはただのピエロに映るかも知れない。心情的には、なかなかできるものではなかろう。常識人がピエロになるのは、バリアが高いからである。そこで、私は“遊び心”を使う。「遊び」という言葉で誤解されそうだが、R&Dにおける遊び心とは、未知の可能性を探るための真剣さあふれる小さな勇気である。新しいものの始まりは、どれも小さな水滴のようなものである。小さな遊び心を大切にしなければ、新しいものは生まれてこない。エンジニアにとってこの遊び心はとても大切である。

窒素ガスで危うく窒息しそうに

 私は遊び心半分、興味半分でやって、問題を起こしたことがある。ある事業所の実験室で、極低温の液体窒素(N2)をコンピュータに直接ふりかけた。液体窒素はコンピュータに触れて一気に蒸発、窒素ガスが周囲に充満して、辺り一面が真っ白になって何も見えなくなった。(多少オーバーに言えば)危うく自分達を窒息させるところだった。当然、お目玉は食らったが、結果的には「しょうがねえなあ、研究所の人は常識がなくて・・・」と笑い話にしてくれて、ことなきを得た。本当にピエロだった。

 こんなことをやったのは、CMOSコンピュータを冷やすと性能が向上することを実証するためだった。CMOSコンピュータを冷やすと性能が上がることは、理論的に分かっていた。これに対し、「冷やすだけで本当に2倍も高速になるならやってみたい」と、コンピュータ事業部の主任技師は身を乗り出してきた。「幹部を説得するために簡単なデモがやれないか。低温CMOSコンピュータを本格的に検討する許可をもらうためだから、なるべく金をかけないで」。それでまとまったのが、この実験である。

 CMOSは低温で動作させれば高速化する。主な理由は電子の移動度(mobility、記号「μ」と表わすことが多い)が高まるからである。電子はシリコン(Si)格子中を走行している。温度が下がればSi格子の振動が減って電子と格子が衝突しにくくなり、電子は高速で走行できるようになる。CMOSのスイッチング速度はこの移動度に比例するからコンピュータは性能が向上する。この話にコンピュータ事業部の部長が興味を持ち、配下の主任技師を実用化検討にアサインした。

 低温といっても氷で冷やすくらい(0℃程度)では効果が小さすぎる。液体窒素温度(-200℃)程度にする必要があった。コンピュータ全体を液体窒素温度に冷やして正常に動作させるためには、大きな費用をかけて部品の設計をやり直さなければならない。それを認可してもらうために、事前に性能が向上することを示す必要があった。ただし、お金も人もそんなにかけられない。そこで考えたのが上述の実験である。液体窒素温度でも動くと予想された中央演算装置(CPU)だけを冷やし、その周波数を計測しようという話にまとまった。コンピュータからCPUを取り出して来て周波数測定器を取り付け、液体窒素をふりかける。簡単なはずだった。

 ある日の午後、セットアップを完了し、「さあやろう」と言って液体窒素をふりかけた。途端に辺り一面が真っ白になった。びっくりしながらも測定器は読めたかと思い、「周波数は上がりましたか」と聞いた。「一瞬上がったような・・・。でも真っ白で良く見えなかったよ」と言う返事。ほとんど読めなかったのである。こんな状況では幹部への説得材料にはならない。あえなく計画は頓挫した。現在でも、水冷のコンピュータがあるだけで、液体窒素冷却のものはない。結果的には、ここでしくじって良かったのかもしれない。

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