多人数向けプラットホームの相克

 多くの人が利用するプラットホームも、出来た暁には良いことばかりである。大幅な省力化が可能となってコストが下がるし、本当に付加価値のある部分だけにマンパワーを集中できるので、個別製品の競争力も向上する。組織の戦略としてプラットホーム化は有力な選択肢である。誰もが口にする。しかし、プラトホーム戦略を実行する戦術レベルでは、戦略との間に相克が発生する。どういう相克であるのかを半導体プラットホームの一つであるIPベース設計で説明しよう。

 半導体でIP(intellectual property)とは、LSIの機能ブロックを指す。これは一般にモジュールとも呼ばれている。LSIが複雑になればなるほど、いつもスクラッチから設計していては多大なマンパワーが掛かって効率が悪い。ある部分をIPとして作っておき、それを再利用して効率を上げなければ、複雑なLSIは設計できない。また、設計できたとしてもコスト高になる。IPをつなぎ合わせてLSIを設計するためには、全体を機能させる枠組み、再利用できるIPをあらかじめ作っておかなければならない。これがIPを再利用するためのプラットホームである。ここまでは誰でも考えることである。

 半導体では、1970年代から1980年代の前半までは一品ごとに全体を設計しても、なんとかやり切れたが、それ以降は難しくなった。IPを活用したプラットホームベースの設計が必要になったが、この新しい設計体制への移行は簡単ではなく、高いバリアがあった。プラットホーム戦略を実行する戦術レベルで大きな課題が3つあった。第1の課題は、作る人と使う人が違うことである。IPは次に使う人のためにその中身とインターフェースをきちんと定義しドキュメント化する必要があるが、それを作る人は現在の製品設計に追われている。後の誰かの利益のために自分のスケジュールを犠牲にすることは難しい。最終的に組織全体として利益になるといっても、担当者の当面の利益にはならないという矛盾に遭遇する。

トップダウン式の強い意思決定と関与が必要

 第2の課題は、将来のために何をIPとすべきかの判断が難しいことである。IPを作るのは良いがそれは使われないと無駄になる。これには「将来どういう製品群で事業をやっていくか」という議論が必要だが、それには不確実性が付きまとう。また、こういう戦略は時代に応じて変わっていくものだから、そのIPが使われない可能性を排除できない。最後(第3)の課題は人の気持ちに関するもので、「今までのやり方をあまり変えたくはない」というメンタリティ(慣習)の問題である。今まではこれで何とかやってきた。新しい方法でこれまで以上にうまくやれるのだろうかという不安が頭をよぎる。

 プラットホーム戦略は「当たり前だ」と戦略レベルで口にするばかりでは何も進まない。そんなことは誰でも言える。プラットホーム化を阻害する戦術レベルまで課題を掘り下げて解決しなければならない。プラットホームは組織の公共財であるから、デイリー・ワークをこなすようなボトムアップ式の仕事の進め方では決してうまくいかない。トップダウン式の強い意思決定と関与が求められる。プラットホーム化は小手先の仕事の変更ではなく、組織全体の問題であり、意識改革を含む戦術レベルまでの課題解決がワンセットで必要なのだ。

日本はプラットホーム化が苦手

 日本はこのプラットホーム化への対応が遅い。ボトムアップ的な仕事のやり方や人の評価といった組織の問題とともに、職人芸的な仕事を好む文化もその一因かもしれない。しかし、プラットホ-ムを組織の公共財と位置付け、戦略と戦術の一体化を図ることが不可欠であるという認識が不十分なのではなかろうか。どの産業でも同じだろうが、産業の立ち上がり時期は一品ごとに設計する。しかし、産業が発展するに伴いその製品は高機能化し続けて、設計は複雑化の一途をたどる。従来のやり方を続けていては効率が悪くなってしまうため、ある時期からはやり方を変えなくてはならない。プラットホーム化はその新しいやり方である。職人芸的な一品ごとの設計はもはや捨てるべきなのである。ここでは技術分野として設計を例に述べたが、製造その他でも同じことが言えるだろう。

 プラットホーム化という命題は、エンジニアが遅かれ早かれ必ず遭遇するものである。自分自身のプラットホームは心掛けて作るのが良い。きっとそれは役に立つ。一方で、多くの人の関係するプラットホームは戦略と戦術との相克が必ずあるので、その組織に合った具体的な戦術の立案と実行がキーポイントであることを覚えておいてほしいと思う。ここでの話は、プラットホームという高尚な戦略論を利益の相反という現実的な戦術論に矮小化させたと言われるかもしれない。しかし、そこが問題の核心なのだ。現場の戦術的問題解決を抜きにしての戦略論は、それこそ絵に描いた餅に過ぎない。プラットホーム問題はその代表的な例である。