多様性の議論が盛んである。典型例として携帯電話機が取り上げられ、日本製品の特殊性(ガラパゴス化と形容される)が問題視されている。この種の議論は、日本の閉鎖性へとつながっていき、「さらなる開国(グローバル化)を」というレシピに行き着く。例えば、もっと企業で外国人や女性に活躍の場を与え、モノカルチャーを是正すべきであるという。これはこれで良いことなのだろうが、エンジニアリングに関しては生ぬるい。これ等の議論では、国、人種、性別、年代といった多様性が望まれているが、これらは依然群れ(グループ)の話である。日本人だけで群れてはいけないが、外国人と混じって群れれば問題は解決されると思っているかのようだ。そうではあるまい。

 エンジニアリングの本質は群れの力ではなく個人の力である。エンジニアリングの大元は新しい発想であり、それを生むのは個人であって群れではない。これは今に始まったことではなく、ずーっとそうである。エンジニアは個人力を磨かなくてはならない。国や人種、性別、年代等は基本的に関係がない。多様化より個人化をもっと議論すべきなのだ。エンジニアリングでは個人の力が大きくなければならない。組織の中で個人のやれることはたかが知れているとの声はあるが、そういう一般論は間違っている。

 組織は決まった仕事を大きなスケールでやれる良い点があるが、カーブを曲がったり、路線変更したりするのは苦手である。新しい方向への舵取りという変革の基点はすべて個人にあると言っても良い。長く続いた高度成長期にそれが見失われただけである。しかし、行動を伴わない観念論や孤立した個人だけでは大業は成し得ない。個人の行動は極めて小さいが、その小さな揺らぎが近くの人々を揺らがせ、次第に大きな波となって組織全体を動かす。そして、それを為すのも個人力、中でも志と呼ばれるものである。小さな揺らぎが大きな波となってシステム全体を動かすのは真理であって、それは自然が示しているメカニズムである。

磁性体になぞらえる

 磁性体を例に取ってみよう。遷移金属を含むイオン結晶で見られる絶縁物の強磁性体では、結晶格子点にスピンが存在する。スピンは結晶中を動き回らないので、これを局在していると言う。強磁性とはこれらのスピンが全て同一方向に揃って大きな組織力を発揮している状態である。スピンを正確に説明するのは難しい。ここでは単純にN極とS極を持つ棒磁石のようなものだと思っていただきたい。1つのスピンは周囲のスピンと相互に影響しあっており、その相互作用はハイゼンベルグ・モデルで記述される。このモデルではスピン(Sはベクトル量)はお互いに交換相互作用係数Jで結ばれている。

 この相互作用は遷移金属同士が2p軌道の電子を交換しているから起こる。電子の2p軌道は8の字を伸ばしたような形をしており、横にして見れば蝶ネクタイのようなものである。このように絶縁物の磁性(強磁性、反強磁性)は局在するスピン(個人に相当)から生じる。しかし、一体、局在するスピンはどのようにして結晶全体で同じ方向に揃うのだろうか。ここには命令系統を伴った我々のイメージする組織はない。組織がなくても統一的に揃うのだろうか。もう少し詳しく磁性体を見てみよう。

 磁性体はキューリー点を越して高温になれば何でも常磁性状態となる。つまり、磁石でなくなる。温度が上がって熱擾乱が強くなれば、スピンは360度クルクル回転して、どの方向にも磁気モーメントの偏りがなくなるからである。さて、この状態から温度が下がりキューリー点近傍になると、熱擾乱の中でも隣同士の交換相互作用の力が見えるようになってくる。しかし、全体ではまだ乱れたままである。つまり隣近所のもの同志が常磁性状態を脱出しようと図り、お互い回転の位相を合わせようとする。さらにキューリー点に近づくと、それが大きなうねり、即ち波(スピン波という)となって近隣へ伝播して行き、最終的には結晶全体に行き渡るのである。