僕の話をSさんは遮った。
「若手向けのビジネス誌に挑戦した人たちは、誰もがあなたと同じようなことを言ったよ。『やってみなければ分からない。いいものを作れば常識を覆せる』。しかし結果は全滅だ」
 Sさんの指摘は事実だった。そのころ若手向けのビジネス誌を標榜する雑誌が3誌あったが、どれも苦戦しており、ほどなくして休刊に追い込まれていった。そのうちの一誌は最終号で「なぜ20~30代向けのビジネス雑誌はうまくいかないか」などという記事を掲載したりした。
 僕はS部長に反論できず、黙って聞いていた。

 Sさんらとの面会の後、僕は読者対象である若手ビジネス・パーソンへのヒアリングを始めた。
 目的はSさんに言ったような“これまでにないコンセプト”を探るためだった。若手ビジネス・パーソンにいろいろ質問して、彼ら彼女たちが受け入れてくれるような、これまでにないコンセプトを見つけ出せれば、新雑誌を離陸させられるはずだ。
 しかし僕のもくろみは完ぺきに外れてしまった。これまでにないコンセプトを見つけ出だすどころか、20~30代向けという年齢で区切る発想に拒否反応を示す若手が少なくないのだ。
「20~30代向けのビジネス誌が創刊されるとしたら、どんな内容を期待しますか」
 そう質問する僕に対して、30代前半のビジネスマンはぴしゃりと言った。
「何も期待しませんね。僕はビジネス誌では日経ビジネスを読んでいます。それだけあれば十分だし、20~30代向けということは、内容を落とすというか簡単にするわけでしょう? そういうのは必要ないですよ」
「いや、必ずしもそうとは……」
「必ずしもそうでないとしても、年齢で区切ることに違和感を覚えるんですよね。一緒くたにされたくないというか」
「なぜそう思うんですか」
「だって20~30代と一口に言っても、いろんな人がいるでしょう? 働き方ひとつとってみても、仕事で自己実現したいと頑張っている人もいるし、仕事は適当にこなして趣味や余暇を楽しみたい人もいる。それらをひとくくりにしてしまうことが乱暴に思えるんですよ」
「なるほど……」
 僕はうなずき、うなだれるしかなかった……。

 ふと気づくと、表参道の真上にあった太陽が傾いていた。僕は冷めたコーヒーを飲み干し、重たい気持ちのまま席を立った。八方ふさがりだった。「これは行ける」と思えるような新しいコンセプトは全く見つからない。このまま雑誌を出しても、Sさんが言うように絶対にうまくはいかないだろう。
 加えて、僕は一人で考えごとをしたり物を書いたりするのが好きな人見知りだ。そんな人間が編集部を引っ張っていかれるだろうか。
 そこまで考えて、ふと思った。駄目なのなら、あえてやらなくてもいいじゃないかと。「新雑誌はリスクが大きい。出さない方がいい」。そう上司に報告すればいいのだと。
 途端に別の考えが浮かんだ。「これはチャンスなんだ。逃げるべきではない」
 僕はその考えを打ち消した。そして自分に言い聞かせた。チャンスから逃げるのではない。リスクを避けるのだと。

 (つづく)