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渋谷 和宏=日経BP社 ビジネス局長
2011/05/19 00:00
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 このコラムの第1回で、僕はこれまでに3000人を超えるビジネスパーソンに取材してきて、いい仕事をしている人や輝いている人には二つの共通点があると書いた。成長への強い意志と聞く力である。
 その後、このコラムの執筆を通してこれまで経験したことを意識して振り返るようになり、もう一つ大事な共通点に気づいた。
 謙虚だが、決して従順・卑屈ではないことだ。

 あるメーカーで広報を担当されていたKさんのことを僕はいまでもよく覚えている。小柄で細面の顔立ちのため若く見えたが当時、40代後半、温厚、実直な人で、取材への対応も性格に違わず誠実だった。
 それは僕が先輩のベテラン記者とともに、そのメーカーのM社長にインタビューしたときのことだ。
 今後の事業展開や経営課題などについてひとしきり質問した後、ベテランは記者は「ご自身が引退した後の後継者については意中の人がおありですか」と尋ねた。
 M氏は同社社長を長らく務め、中興の祖として権勢をほしいままにしていたが、年齢を考えれば当然、次期体制について何らかの構想を抱いているはずだと推察しての質問だった。
「引退だって? 失礼だね君は」
 M社長が突然、気色ばみ、がっしりした体躯を強張らせた。
「私はまだ現役でやっているんだ。その私に辞めた後のことを話せというのか」
「いえ、ですから構想がおありでしたら……」
「それが失礼だと言っているんだ」
「社長、お言葉ですが」
 取材に同席していたKさんが穏やかな口調で話しかけた。
「記者さんは次期体制について何かお考えですかと聞かれただけで、他意はありませんし、失礼にも当たらないと思います」
「なんだって……」
「構想がなければないで、そうおっしゃっていただければ……」
 M社長は頬を強ばらせ、Kさんをにらみつけた。

 M社長が退席した後、Kさんは僕たちに社長の非礼をお許しくださいと詫びた。僕たちは恐縮しながら、Kさんの意外な一面に驚きを禁じ得なかった。
 Kさんはおとなしく、控えめな人である。その彼が実力社長として知られるM氏にぴしゃりと言ったのだ。しかも、その言葉には広報担当者として会社のイメージダウンを防がなければならないという計算以上に、中興の祖と祭り上げられ、傲慢になりかけているM社長に対する「もっと謙虚になってください」という忠言のニュアンスがこもっていた。保身を考えたら、おそらくは側近の役員でさえはばかれる発言である。
 以来、一本筋が通ったKさんの人がらは、いつまでも僕の心に残った。
 Kさんは後にそのメーカーで要職を務められたと聞いた。Kさんを疎んじなかったのはM社長の経営者としての見識だろう。毀誉褒貶相半ばするM社長だが、人を見る目については間違いなくあったのだ。

 もう一人、思い出すのは電気メーカーの社員、Tさんのことである。ある会合で知り合い、ほかの人も交えた食事会で何度かご一緒させていただいた。
 年齢は当時40代前半。優しげな微笑みを絶やさない穏やかな人で、会合などでは決してでしゃばったりせず、静かに人の話に耳を傾けていた。
 あれは二度目の食事会だったろうか、隣り合わせた知人が僕に話しかけてきた。
「渋谷さん、ひとつ問題を出していいですか。渋谷さんは上司の奢りで食事に行きました。ちょっと多いかなという量が出てきましたが、渋谷さんはすべて平らげますか。それとも残しますか」
「残すかなあ。太りやすいし……」
「それでは渋谷さんが上司だったとして、食事に連れていった部下が食べ残そうとしたら全部食べろとか言いますか」

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