いささか恥ずかしい打ち明け話をすると、僕は二十代の若手社員だったころ、会社の資料室に入るのが嫌でたまらなかったことがある。資料室に入ると、かつてしでかした痛恨のミスが思い出されて、なんだかいたたまれなくなってしまうのだ。

 それは入社二年目の若手記者だった僕が、初めて大きな特集チームの一員に加わったときのことだった。
 思いがけないチャンスを与えられた僕はいいところを見せようと張り切った。頼まれなくても積極的に資料集めに精を出し、ほとんどの取材に同行した。自分一人ではまともな記事を書けず、どちらかと言えば人見知りだったため取材も苦手だったので、このままでは記者失格の烙印を押されてビジネス誌から異動させられてしまうのではないかと焦っていたのだ。
 やがて取材が一段落し、誌面作りに入った。記事の執筆は先輩記者の担当だが、記事に添えるグラフや図表を作らせてもらえることになったので、せっせとデータを集め、徹夜で作業に取り組んだ。
 数日後の夕刻、記事やグラフ、図表を印刷したゲラができあがった。
 ごく一部ながら自分の努力が反映されたゲラをいそいそと読み始めた僕は、とんでもないミスを犯してしまったのではないかという思いに駆られて資料室に駆け込んだ。
 書架から資料を引っ張りだし、グラフや図表のデータを確認してみたが間違いない。いくつかのデータが抜け落ちていたり、入れ替わっていたりしている。
 それらは一睡もしないで加工したデータだった。実はその前日もほとんど寝ていなかったので、判断力が鈍っていたのだろう。でも言いわけはできない。グラフや図表の半分近くは作り直しだ。

「お前、何しているんだ」
 背後から声が聞こえた。特集チームのキャップで、僕の尊敬していた先輩だった。ゲラを手に持ち、いつになく険しい顔をしている。
「あの……それが……」
「データが間違っているじゃないか。こっちも、それからこっちもだ」
「ですから……それで早く直さなければと……」
「ミスしたらその報告が先だろう。それとも俺たちに黙って作り直そうとしたのか」
「そうじゃなくて……」
「もういい。足手まといだから帰れ!」
「でも……」
「またミスされたら、取り返しがつかないだろうが! 後は俺たちがやる。お前が使った資料を全部渡せ」
 僕は資料を先輩に差し出した。そんな僕たちの様子を資料室にいる十数人の社員たちが遠巻きに眺めていた。
 昼下がり、客のまばらな地下鉄に乗って帰路についた僕は気を落ち着けようと何度も深呼吸した。しかし、つまらないミスを犯した自己嫌悪と、先輩から見限られた寂しさが胸をしめつける。グラフや図表作りに徹夜したのは、特集の章立てを決める先輩記者たちの打ち合わせに夜遅くまで同席したからだった。それを知っているくせに先輩はなぜあそこまで激しく叱責するのだろう……。