取材レポート

天沼智彦さんのレポート

 今回の取材では,茨城県ひたちなか市にある日立ハイテクノロジーズの那珂事業所を訪問してきた。これまで半導体製造装置業界を対象に取材をしてきた。今回の日立ハイテクノロジーズで開発されているのは,通常の製造装置とはやや異なる,検査用のSEM(走査型電子顕微鏡)だ。今回は時間の都合などであまり製造現場を間近に見学することはできなかったが,その分若手技術者の方からたくさんのお話を聴かせていただく機会を得た。そこから学んだ,日立ハイテクにおけるSEM開発の在り方やこの業界の特色について中心にまとめていきたい。

 日立ハイテクノロジーズで開発しているSEMとは,電子ビームを試料に当てることで放出される2次電子などを検出器で捕らえて,ICチップ上の欠陥(傷や不純物など)を発見するものだ。半導体にとって欠陥は致命的なものであり,欠陥が生じる原因を究明する研究段階や,量産時に不良品を排除する際に使われるSEMはその他の製造装置と同じく半導体製造に不可欠な要素であるといえる。

 SEMの性能は,おおよそ(1)測定能力,(2)再現性 ,(3)時間当たりのウエハーの処理能力,に左右される。まず何より,数十nmというスケールの世界で微小な欠陥を発見するためには,(1)の測定能力が高くなければならない。レクチャを受けた中で,直径300mmのシリコン(Si)ウエハー上で欠陥を発見する能力は,1000kmの範囲の中の1mmのものを発見する能力に例えられていた。そして同時に重要なのが,(2)の再現性,すなわち同じ対象を繰り返し測定しても同じ結果が得られるということだ。これは簡単なようで,欠陥の写真の画像処理技術や,電子ビームの制御,さらにウエハーを載せたステージを動かす精度など種々の技術のレベルがすべて高くなければ実現できない。最後に(3)の処理能力を挙げていた。これは大量のウエハーを効率良く処理することが必要な半導体メーカーにとって,特に重要なポイントとなる。

 日立ハイテクのSEMはこうした要素を併せ持ち,世界でもトップ・シェアを握ることに成功している。今回の取材では,その日立ハイテクの技術者である石島さんと大南さんに詳しいお話を聴くことができた。

 最初に伺ったのは,なぜ日立ハイテクの製品が強いのかということだ。お二方の答えは,電子顕微鏡という製品はあまりにも複雑で他の企業が後から参入しようとしてもなかなか真似できないために,技術を積み重ねてきた歴史のある企業が強いのだということだった。微細化が極限まで進んでいる半導体製造装置業界では,最先端の科学ですら把握しきれない領域で製品を作らなければならない。そこで,試作品を作りながら良い結果を出したものを製品に応用していき,その原理を後から研究所が追求して企業のコア技術としていく場合が多く存在する。こうしてこの分野に対するノウハウを着実に積み重ねてきたことで,他社が真似をできない製品を生み出すことができるという。

 もう一つ質問してみたのが,学生に馴染みの薄い電子顕微鏡をはじめとする半導体関連の装置業界の面白さはどこにあるのかということだ。理系学生にとって身近な企業というのはどうしても身の周りにある最終製品を作る企業(「B to C」の企業)ばかりとなりがちである。このために投げかけてみた質問だったが,それに対してまず返されたのが,「B to Cの業界ならば本当に面白いと言えるのか」という問いかけだった。馴染みのある製品,例えば自動車や家電製品などを作る企業は,確かに関心を持たれやすいかもしれない。しかし,そういった業界でのものづくりはいわば不特定多数の消費者を相手にしたものづくりであり,製品を使う人の「顔」は見えてこない。その上,その製品が一般的になって(コモディティ化して)しまうと,その先に待つのは価格競争しかないという側面もある。

 これに対し,半導体製造装置業界の顧客とは半導体メーカーであり(B to B),製品そのものも大量生産大量販売という性格のものではない。このため,顧客ごとに製品をカスタマイズするという要素が存在する。例えば日立ハイテクのSEMでいえば,顧客の半導体メーカーが開発したユニークなパターン形状にも対応できる特別な画像認識アルゴリズムを提供したり,一般的な仕様の顕微鏡では画像を得られない検査対象に合わせた光学系を新たに開発したり,ということがあるそうだ(もちろん,特別な対応ばかりしていると採算が合わなくなってしまうため,なるべく汎用性の高い技術を開発することを心がけているという)。

 こうして考えてみると,B to Bの世界にはまだまだ学生の知らない強さと面白さを持った企業がたくさんあることが感じられる。その中でも,この電子顕微鏡の技術というのは例えこの先パラダイムシフトが起こって半導体に代わるものが世に現れたとしても,様々な分野に応用できる可能性を持った技術の集合体である(例えば,ICチップのパターンを認識する画像処理技術は,同時に監視カメラに映った人物の顔を認識する技術にも用いられている)。世界最先端かつ様々な分野の基幹となる独特の技術に日々取り組む技術者の方々が,自信を持って自らの研究について語る姿に触れながら,自分のまだ知らない分野に対して新たな興味をかきたてられた見学となった。