私は研究生活25年で共同出願を含めて286件の特許を出願した。その中で事業に貢献した特許は20件である。これを「当たり特許」と呼べばその比率は約7%である。これは世の平均に比べてかなり(多分10倍くらい)良い成績であろう。またこの中にはライセンス収入が大きな価値を持つ「大当たり特許」もある。それでも数字上で93%の努力は結果として報われていないとも言える。すなわち特許は当たる確率は低いが当たれば大きい、すなわちハイリスク・ハイリターンである。エンジニアとして特許を成果として出すことは当たり前だが、よくよく考えないと特許で成功しない。

「広く」取るのが特許の基本

 成功する特許の取り方がある。工学はインプリメンテーションだから、理学と違って単一の真理はなく、一つの課題に多種多様な実現方法があり得る。この点を理解して、それらすべてを含むように出来るだけ「広く」取ることは大切だ。「広く」と言う意味は2通りある。さまざまな製品へ適用できるように「広く」と、時間が経っても変わらずに適用できるように「広く」とである。

 発明の範囲を非常に多くの製品で使えるように広くしておけば当たる確率は増える。また、できる限り使用条件などの制約を設けないことも大切である。時間軸に関しては、特許は登録されてから20年間が有効期間であることが関係している。時間が経つことによってその適用範囲は変わってくる可能性は高いが、20年という時間軸を考えて広く特許を取れれば,さらに当たる確率は上がる。「広く」は、ある意味,特許にリスクヘッジをかけている。これで当たる確率を上げる。特許取得の基本戦略と言っても良いだろう。

 ただし、「広い」ことには欠点もある。広ければ広いほど先行事例(prior artsと言う)が存在する場合が多くなり、反論されやすく特許になりにくい。また主張点に「具体性が無い」と言われて、異議申し立てを受けやすくなり、特許として認められにくくなる。それよりも何よりも「広い」特許の問題点は、広く曖昧性がある分だけ特許侵害を見つけにくい(言い逃れされやすいと言うほうが適切かも知れない)ことである。この場合、特許紛争が長引き大きなコスト・リスクが伴うので使いづらい。あいまいな広い特許より、「狭く」てそのものズバリのほうが特許侵害は見つけやすい。

「狭く」と両立の特許網

 特許を当てるためには「広く」が望ましく、権利行使には「狭く」が有効である。これらは二律背反のように見える。特許取得では、この「広く」と「狭く」を両立させる巧妙な戦略がある。それは特許網の構築だ。その具体例が、通称「2交点、ハーフプリチャージ、CMOSセンスアンプ」特許である。CMOS(complementary metal oxide semiconductor)のDRAM(dynamic random access memory)関連の私の特許網の一つで、大当たりした特許である。

 特許網とはある一つの中心的な主題を設定し、関連がある複数の具体的な特許を網目状に張り巡らせて、全体では広い範囲(この場合はCMOS DARM)をカバーする特許として仕立てたものである。私は1979年に世界に先駆けてCMOS DRAMの研究開発に取り組み、1980年のIEDM(International Electron Device Meetings)でそれを「An N-Well CMOS DRAM」として発表して注目を集めた。それまでの主流だったNMOS DRAMに挑戦したもので、始めのうちは多くの人が懐疑的だった。

 その内容をまとめて、CMOS DRAM特許網の最初の特許として1980年に出願した。それは原則通りに、製造方法や素子構造から回路方式までにおよぶ非常に広い概念特許だった。もしこの特許だけだったら、大当たりにならなかったかもしれない。私はこの概念特許の出願後、約13年間にわたりDRAMの技術動向を見据えながら、「親特許」を分割に分割を重ねて具体的に使える「子特許」を次々に生み出して広い特許網を作り上げた。