取材レポート

田中文さんのレポート

 CMP装置の開発現場を見学した。ウエハー上の物質を削るという点ではエッチング装置と同じだが,エッチング装置が溝をつくることを目的とするのに対し,CMP装置は,ウエハー表面を平らにすることを目的とする。

 CMP装置が目指す「平ら」には2種類の「平ら」が存在する。マクロ(直径300mmのウエハー全体)にみて段差がないということと,ミクロ(配線パターンの幅:数10nm~μmオーダー)にみて段差がないということだ。CMP装置は,オーダーの異なるこれら2つの「平ら」に対して精度を追求しなければならない。ミクロな部分の精度だけを考えても,配線パターンが疎な部分と密な部分,溝が太い部分と細い部分で削られ方が異なり,一筋縄ではいかないそうだ。門外漢の私は簡単に「表面を平らにする装置」などと言ってしまうが,このような話を聞くと,面全体を均一に,まっすぐに研磨するのがいかに難しいかがわかる。

 CMP装置では,その名のとおり化学的な作用と機械的作用の相乗効果でウエハーを削る。研磨剤の配合やウエハーにかける圧力,研磨の相対速度などを調整して精度を出すのだが,エッチング装置と同様,どのパラメータを変更するとどのような影響があるかが完全にわかっているわけではないそうだ。様々な要素が絡み合っており,現象が複雑過ぎるためシミュレーションソフトを用いるのも不可能だという。経験をもとに何が原因で次はどこを変えればよいかあたりをつけて,精度を詰めていくそうだ。

タイトル

 CMP装置はウエハーを研磨して平坦化するための装置であるから,求められる性能は「研磨精度」「生産性」の2つのみかと思っていたが,それは間違いであった。「洗浄度(ウエハー上の異物の少なさ)」という性能も重要であった。研磨した後は,研磨後の削りカスや研磨剤をウエハー表面から取り除く必要がある。これらのゴミ(パーティクル)の大きさは約160 nmである。300 mmのウエハー全体と比べると相当小さく感じるが,配線パターンの太さ数10 nmと比べるとずっと大きく無視はできない。ゴミが金属(導体)の場合は特に注意が必要である。金属のゴミがウエハー上の配線パターンを塞いでしまうとその部分が導通してしまい,意図する配線パターンが実現せず,半導体にとって致命的な欠陥になってしまうそうだ。

 クリーンルームである実験室には,ウエハーを観察するための様々な顕微鏡(光学顕微鏡・電子顕微鏡・原子間力顕微鏡など)や,ウエハー上のゴミや欠陥を測定する装置など,装置の研磨・洗浄性能を評価するための様々な装置が置かれていた。検査や評価というと検査結果ばかりに目がいきがちだ。しかし,「結果」を評価するためには,その測定装置がどのような原理で何を測定しているか把握していなければならない。例えば,ウエハー上のゴミや欠陥を測定する装置は,ウエハー面にレーザー光を照射し,その光の反射・散乱の様子からゴミや欠陥のある場所を推定する。ゴミがウエハー上に乗って凸になっているのか,それともひっかき傷があって凹になっているのかはこの装置では判断できないため,他の装置を用いる必要がある。半導体装置を造るエンジニアは,装置内で起こっているミクロの現象や半導体ウエハー上の凹凸を直接その目で見ることができない。誤った評価を防ぐために,起こっている物理現象に関する知識だけではなく,検査装置に関する知識も必須なのだとエンジニアの方が言っていた。

 エンジニアの方の印象的なひとことがあった。

タイトル

 CMP装置の研磨精度を繰るのに,最終的には経験値がものをいう場合が多いのは上で述べた。それについてエンジニアの方が言ったのは「装置の中でなにがどうなっているのか,見えるんですよ」。ミクロな現象が直接見えているわけではないものの,理論の勉強,失敗や成功の経験を積み重ねるなかで,エンジニアは自分なりのモデルを頭のなかにつくり(そしてそのモデルを常にブラッシュアップして),それをもとに判断をしているということだろうと思う。すごい。見えないものを「見える」と言いきったエンジニアの方の言葉には,自分の仕事に対する責任や自負がこもっているように思えた。

 技術力がある,ということや技術力とは一体どのようなことだろうかとしばしば考えてきた。「技術力がある」とは会社がある技術を所有しているという意味ではなく,ある時点で,ある物事を達成することができるという意味にとったほうが適切なのではないか。そして,その「物事の達成」を産み出す源泉になっているのは他ならぬ技術者である。技術者こそが技術力であり,ノウハウなのではないかと感じた。

 ある意味で,技術力があるからその会社に入る(その会社がいい)というのは後ろ向きの姿勢なのかもしれない。いまある技術がこれからもそのままで通用するとは限らず,技術者は,その時々のニーズ(シーズの場合もある)に技術を適応させてゆくのが仕事である。エンジニアとして働くのなら,自分がその会社の技術力になるんだ,くらいの気概でいたいと感じた見学であった。