取材レポート

天沼智彦さんのレポート

  神奈川県藤沢市にある荏原製作所の工場で,CMP装置の開発現場を見学してきた。

CMPとは?

 まず,CMPとは半導体製造過程の中でどのような役割を担っているのか。半導体の製造は,おおざっぱに言うとシリコンの円板(ウエハー)の上に(1)感光剤を塗布し,(2)写真の要領で回路のパターンを焼き付け,(3)不要な部分をエッチングで取り去る——という作業の繰り返しで行われている。例えば,何か大きな看板の塗装をスプレーで仕上げるときのことを想像してみるとイメージしやすい。始めに地になる色を全体に吹き付け,次に必要な部分に当て紙(マスキング)をして別の色を吹きかける。その繰り返しで複雑な模様や文字を描いていく過程に似ているかもしれない。

 ただし半導体(ICチップ)の場合,いくつもの層(一般的には配線部分だけで8~12層)を重ねていくと以前の層にあった凹凸が次の層を重ねたときに影響し,きれいに層を作ることができなくなってしまう。その結果回路の抵抗率があがるなど,性能の低下につながってしまうのだ。

 そこで登場するのがCMPである。これは,スラリー(研磨剤)と呼ばれる研磨剤を用いてウエハー表面の材料を化学的に変化させつつ研磨していく手法のことで,例えば同じ面内における配線間の高さのばらつきを10nm以下に抑えられる。CMPを行った後に次の層を重ねていけば,より精確に製品を仕上げられるのである。

荏原製作所とCMP

タイトル

 CMPとは,1980年代に米IBM社によって開発された半導体製造業界の中でも比較的新しい手法である。発明された当初は当然CMP装置をつくるメーカーは存在しなかった。以前から半導体製造装置用の真空ポンプなどを手掛けていた荏原製作所は,顧客から依頼を受けたことを機にCMP装置の開発を始め,現在では競合するもう一社とともに世界のトップシェアを争うまでになっている。

 僕が当初抱いていたのは,こうした競合他社の少ない,いわゆる寡占市場というのは他社と競い合う緊張感に欠けていて面白みがないのではないかという思いだった。しかし,その点について荏原製作所の技術者の方に伺ってみたところ,「相手が一社しかいないからこそ『食うか食われるか』という緊張感を日々感じているし,またもしも相手がいなくなったとしても顧客からの要求に応えなければならないというプレッシャーは常にある」という答えだった。荏原製作所を始め半導体製造装置のメーカーというのは,半導体製造の過程一つひとつのクオリティーに責任を負っている。極端に言うと,一つのメーカーが課題を克服できずにある過程の製造装置が完成しなければ,半導体メーカーは目標とする機能を持った製品ができなくなってしまうのだ。荏原製作所の技術者の方々からは,自分たちの技術に磨きをかけて業界全体に貢献していくという責任感や気概が感じられ,刺激を受けた。

CMP装置の「プロセス開発」

 今回の見学では,実際にCMP装置を用いて実験をする「プロセス開発」のためのクリーンルームに入った。このプロセス開発とは,出来上がったCMP装置をどのような条件で使用すれば求める結果が得られるのかを検討する過程のことだ。主に案内をしてくださったのはCMPプロセス技術室第三グループの飯泉さん。自分も将来こうした現場で働く技術者になるかもしれないという思いの下,エンジニアの日々の仕事の姿をつかみたいと考えながら見学に臨んだ。

 CMP装置のパフォーマンスを決定するのは,装置そのものの機械的な性能と,もうひとつ大切なのがプロセス(装置の使い方)だ。具体的に言うと,(1)研磨の際の加工圧力と速度,(2)スラリーの性質,(3)パットの材質と形状――などの要素がある。それぞれについて順に説明していく。

タイトル

 CMP装置では,パットと呼ばれる円形のシートの上にスラリーを流し,その上にウエハーを回転させながら押しつけて研磨をおこなう。研磨の際の圧力や回転速度を変化させれば研磨結果が大きく変化することは想像に難くない。また,硬い材質で作られたパットを選択すれば,ウエハーを押しつけたとき変形しにくい分研磨後の平坦性は増すが,砥粒によって傷(スクラッチ)がついてしまう可能性は高まる(柔らかい材質を用いれば逆の現象が起きる)。さらに,スラリーにはウエハー表面に化学変化を起こさせる成分とダイヤモンドなどの砥粒が含まれるが,その成分構成をどう決めるかも研磨結果に大きく影響する。

 これらの要素を同時に扱うプロセス開発の難しいところは,理論で結果を予測することが難しいという点だ。単なる研磨ならともかく,化学変化の要素まで加わってくるCMPの結果は現在の科学で完全にシミュレーションすることは困難なのである。

 そこで鍵となるのがエンジニアの経験だ。飯泉さん曰く,「経験値がたまるほど,見えないものが見えてくる」。日頃から上記のような要素の様々な組み合わせとその結果を調べてる経験を積んでいくと,だんだんnmスケールの世界に対するイメージが頭の中に描けてくるのだそうだ。体系的な学問が完成されていない分野だからこそ,人の力が生きてくる。そんな研究開発の現場の醍醐味を感じた。

終わりに

 半導体製造装置業界の面白さはどこにあるのか。見学を終えた今考えてみると,一番のポイントは「他のどこも持っていない最先端の技術」を日夜切り拓く業界である,というところなのではないかと思う。常に顧客からの高い要求に応えるべく技術を磨き,現代の最先端を陰で支えるエンジニアの方々は,世の中に出回る最終製品に自分たちの技術が生きていることを実感しながら,いきいきと働いていた。科学と工学の境目もまだ曖昧な最先端の世界で独自技術を開発する半導体製造装置業界は,エンジニアにとってこの上なくやりがいのある業界であると思う。

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