皆さんはどんなビジネスパーソンが成功を収めると思いますか。

 僕はビジネス誌の記者として、これまでに3000人を超えるビジネスパーソンに取材してきた。それらの経験を振り返ってみると、いい仕事をしている人や輝いている人には二つの共通点があるように思えてならない。
 一つは成長への強い意志である。まあ、これは当たり前ですよね。経営者であろうが研究者、技術者であろうが、明日は今日より優れた自分でありたい、明後日は明日よりも賢くありたいと考え、日々、技術や知識を磨かなければ頭角を現すことはできない。
 もう一つは、意外に思われるかもしれないが、聞く力である。周囲から評価されているビジネスパーソンはだれもが例外なく聞き上手で、理解力、洞察力に長けている。らつ腕と評価される経営者には実は口べたで絶対に講演を引き受けないなんて人が少なくないのだが、“聞き下手”――自分の話ばかりしたり、理解力、洞察力に乏しい人は一人としていない。

 なぜ聞く力が重要なのだろうか。まず、なによりも仕事の基本は聞くことだからである。上司の指示や顧客の要望をきちんと聞き、理解しなければ、仕事は一歩も前に進まない。
 さらに重要なのは、聞く力こそ、仕事で接する相手から信頼を得る唯一にして最強の武器であるからにほかならない。

 僕が新人だったころ、とても尊敬する先輩がいた。Kさん、と書くとあまりにもそっけないので“聞く力”だから仮に“キクチさん”としよう。キクチさんは少なからぬ経営者たちの信頼を獲得し、彼でしか掘り起こせない事実や独自の着眼点を記事に盛り込み、読者から高い評価を得ていた。
 そのキクチさんは若手時代、いつも同僚や先輩に対して引け目を感じていたという。引っ込み思案で人見知りだったため、なかなか人とうまくコミュニケーションを取れず、同僚や先輩から注目されるような実績を上げられなかったのだ。
 そんな彼の転機は、一人の経営者との出会いだった。

 入社2年目、キクチさんは一本のコラムを任された。アメリカのホテルやオフィスビルを買収する日本企業の実態をリポートしろと言われたのだ。時代はバブルの入り口、日本の不動産会社や生命保険会社は銀行から多額の融資を受け、アメリカの不動産に投資していた。
 キクチさんはアメリカの不動産に投資している企業の社長や担当者に片端から取材を申し込んだ。そのかいあって、アメリカの一流ホテルを次々に買収している大手不動産会社のワタナベ社長から取材許可の返事をもらった。

 初夏の土曜日、キクチさんは緊張しながらワタナベ社長を訪ねた。
 事前に読んだ資料によれば、ワタナベ社長は50代後半、身ひとつで不動産会社を起こし、銀行から多額の借金をして日本国内の不動産を買いあさることで会社を成長させてきたという。
 ワタナベ社長の自宅は、成り上がった人間が建てたがる豪壮な住まいの典型だった。まるで映画に登場する豪邸のセットのようにも見えた。都内の一等地にもかかわらず庭にはプールとテニスコートがあり、広いリビングルームはさながら一流ホテルのロビーのようなおもむきだった。
 待つこと数分、リビングにやってきたワタナベ社長もキクチさんの先入観を裏切らなかった。全身に精力がみなぎり、ローレックスの腕時計と純金らしい指輪をはめて、まさにバブル紳士という風体である。