研究するなら早期着手が一番である。どのテーマでやろうかと悩む必要はない。人の気が付かないような、世の中に先駆けるテーマに着眼するが良い。誰も気が付いていないのだから何をやっても新しいし、前例がないから過去の文献を調査するために膨大な時間を費やす必要もない。そして当然ながら特許の宝庫でもある。無人の荒野を行くが如(ごと)く特許は続々と書ける。研究テーマは選ぶものではなく見抜くものである。

無人の荒野を突き進んで特許を“量産”

 半導体メーカーの花形部門は設計である。製品を作る事業は大まかにいって設計部門と製造部門から成る。設計は、顧客の望みを理解し、それを実現可能なレシピにして製造へ渡す。製造は、このレシピに基づいて幾多の原材料を組み合わせて製品を作る。半導体におけるレシピは、トランジスタや抵抗、容量を配置配線したレイアウト図である(より正確に言えば、レイアウト図をデジタル化したデータである)。電子回路の設計には複数の工程があり、このレイアウトの一つ前の工程を回路設計という。一般的に電子回路設計といえば回路設計を指すことが多かった。

 回路設計とは、トランジスタや抵抗、容量などの電子部品を組み合わせて、例えば増幅器や演算器といった機能を実現するものである。この意味で、回路設計は設計工程の中でも重要である。半導体が登場する以前は、ボードと呼ばれるプリント基板上に多数の電子部品を搭載し、電子部品同士を接続して電子回路を仕上げていた。機能を実現するための回路設計さえ完了してしまえば、ボード上に電子部品を配置したり電子部品同士を配線したりすることはそれほど難しくなかった。このため、半導体が登場するまでは、レイアウトは作業であり研究者のやるべきことではなかったのである。しかし、半導体はこの状況を一変させた。レイアウトが決定的に重要となったのである。

 私はいち早く半導体設計におけるレイアウトの重要性を見抜いた。そして、世の中に先駆けてレイアウトに関する特許を数多く出願していった。それはもう無人の荒野を突き進むようなもので、先例が何もないから何でも特許になった。しかし、前例がないので困ったこともある。レイアウトに関する特許が将来の半導体にとっていかに重要なものかを、特許部をはじめとした関係部署へ自分で教宣してまわらなければならなかった。

集積化の進展でEDAが必須に

 ここで、半導体ではなぜレイアウトがそれほど重要なのかを説明しよう。そのためにまず,半導体のレイアウトとは何であるかを説明しておく。半導体の製造は多色刷りの版画に似ていると私は思っている。浮世絵の美人画のような版画では、全体図を1枚の版木に刻印し、場所ごとに違う色を付けて何度か重ね合わせて1枚の多色刷り絵を仕上げる。半導体の場合は、その色ごとに別のマスクを用意し、写真食刻(リソグラフィー)法を使って1層ずつ薄膜をパターンニングしていく。電子回路のすべては、シリコン(Si)チップ上に実現されるため、ボードは要らない。これは集積回路(integrated circuits:IC)と呼ばれ、IC化することで電子回路を飛躍的に小型化・軽量化・低価格化・高信頼性化できるようになった。

 1970年当時で1個のチップに搭載されるトランジスタは1000個程度であり、その後はほぼ3年で4倍のペースで増えていった。最近ではその数は数億個に達している。1970年ごろは6枚のマスクで1個の集積回路を作っていたが、最近は40~50枚のマスクを必要とする。何億ものトランジスタを集積しているため、それらを配置配線するレイアウトは非常に複雑になっていった。その結果、レイアウト設計を特別なソフトウエアを使って自動化しなければ対処できなくなった。EDA(electronic design automation)の登場である。