「企業の経営者より学生の方が真剣かもしれない」。

 電機・半導体業界を長く見ていた経緯から、大学や業界団体から、業界研究の講義を頼まれます。そのような場で学生からの質問は非常に素直で直接的、しかも厳しい内容で、答えるのに窮してしまいます。「仕事とは何か」「就職に当たって何を考えるべきか」「日本企業へ就職して大丈夫か」などなど。

 経営者と学生、両方に接していて受けるのが冒頭の印象です。経営者が真剣ではないという意味ではありません。しかし、経営者は直近のことで精一杯というのが実情で、長期的な視点で物事を考えているのは学生だろうという印象です。

 講義では、次のようなことを話しています。

 いま世界は産業の大変革期を迎えていることはご存知の通り。エネルギーも環境も医療も食も交通も農業も、大きく変わろうとしている。クルマは電気自動車へ、エネルギーは太陽光などを利用した再生可能エネルギーへ、交通はモーダルシフト、第一次産業の農業は植物工場などによって第二次産業へ。イノベーションによって、世界の生活基盤や産業基盤を作り変えることが、これから社会人になる人たちの仕事になる。家・街を変え、クルマ・オフィス・工場を変え、世界の都市を作り変える。非常にやりがいのある仕事だ。

 このような状況下で、社会人には何が求められるのか。技術者に求められるスキルとは何か。「産業秩序が変わる10年」を生き抜く柔軟性ではないだろうか。今後10年間で、技術体系もプレーヤーもルールも、そして消費者の価値観も企業の考え方も、いっせいに変わっていく。例えば消費者の価値観。少し前まで「持つことが美徳」「自動車は社会的ステータス」で、大量消費の方向を向いていた。ところが「もったいない」「自動車は移動手段だから所有する必要がない」という価値観に変わってきた。企業の考え方は、少し前までは「選択と集中」「高付加価値路線」が重要視されていたが、最近は「選択と集中はするな」「付加価値は追うな」と言う経営者が増えている。

 このような変化をいち早く感じ取れれば、ビジネスを作っていくことができる。新しい産業を創り出す想像力と技術力。これは若い社会人の方が有利だ。10年も会社にいると組織の中で責任が発生するし、30歳を超えると社会的な体裁も出てくる。思い切ったことができるのは、若い社会人の特権だ。

 だから、企業に入ったら馬鹿なことをやってください。前例を壊す仕事をしてください。
 こんな内容で、話しています。

 講義が終わると質問時間。学生からの質問に答えるのは、非常に怖い。

問 今後30年、何の仕事につけば良いか?

答 花形産業はいつの時代もあるが、30年も続くわけではないので、気にしなくてもいいのではないでしょうか。また企業名と実際の仕事のイメージは違うかもしれません。例えば自動車メーカーに入っても、仕事はソフトウエアや電機関係になるはずです。どの産業のどの企業に就職してもいいが、大切なのはスキルとして何を身につけるかだと思います。

問 電機・半導体は大丈夫か?

答 まったく問題ありません。特定メーカーの経営が取りざたされていますが、電機や半導体は世界の花形産業であることに変わりはありません。電機や半導体の企業に就職して、もしその会社がつぶれても、専門性を身につけていれば、世界中、どこへ行ってもつぶしが効きます。技術の進化はまだまだ続くし、応用範囲はAV、ITから医療、エネルギーへ拡大中なので、活躍する場は増えています。

問 「柔軟性」が重要なことは分かるが、今は何を勉強しておけばいいか?

答 当たり前の答えしかできませんが、基礎技術と外国語は外せないと思います。

問 A社に就職したいが、悪い話を聞く。A社を選んでも大丈夫か? B社の方が良いか?

この答えは、ここでは差し控えます。

 学生時代に自分は何をしたのか、何をしなかったのか。思い出すと恥ずかしい限りですが、自分のことは棚に上げて、今の想いを本気でぶつけています。真剣な質問には、本気で答えるしかないので。