前回に続き,日本を代表する企業であるソニーのテレビ事業を牽引してきた中村末廣氏(現・崇城大学 副学長,元・ソニー執行役員副社長)から,将来のエンジニアを目指す学生達にエールを送ってもらった。今回は,エンジニアを目指す学生が今のうちに身につけておくべきことや,就職先の会社選びの基準,今入りたいと思う会社などについて聞いた。


――エンジニアを目指している学生の皆さんに,学生のうちに身につけておくべきことをお話しいただけますか。

中村末廣氏
中村 末廣(なかむら・すえひろ)氏
1959年,ソニー入社。テレビ事業本部長,ディスプレイ,セミコンダクタ,コアテクノロジー&ネットワークの3カンパニーのプレジデントを歴任。平面ブラウン管テレビ「ベガ」の開発をリードし,ブランド確立に導く。2002年に同社執行役員副社長を退任。ソニー中村研究所代表取締役社長を経て,現在は崇城大学 副学長を務める。 (写真:栗原 克己)

 私が副学長を務める崇城大学でも,「在学中に自分の得意技が何かということを必死になって見つけろ」と言っています。張り切って大学に入ったんだから,自分が最も得意とするものを早く見つけてほしい。それを見つけたら,大学にいる間に自分のものにして出て行きなさい。ロボットが好きだったらロボットをやればいいし,電気回路を仕上げるとか,何でもいい。早飯でもいい。もちろん一般的な学問のメソドロジは必要です。それは必要だけど,その上に自分の得意技を持つ。得意技があると,会社の中でチャンスがドンドン出てきます。

――就職先の会社を選ぶときに,何を基準にしたら良いでしょうか。

 自分が何をしたいか。それが大事だと思います。希望する会社に行って,何をやりたいかということをハッキリさせておく。それも大切な勉強です。ぜひ,今の学生さんにも突き詰めてほしい。きっと,入社試験にも役立ちます。私の場合は,ラジオの設計,電子機器の設計をやりたかった。一次試験に,FM周波数と出力に関する計算式の問題が出たのですが,これをスムーズに解くことができました。

 ちなみに,二次試験は,「西鉄ライオンズの稲尾投手が日本シリーズで5連投したが,あの選手の使い方は監督としてどう思うか」だった。私は,「あの年齢で,あれくらいせっぱ詰まった試合で,稲尾投手はみじんも疲れていないんじゃないか。徹底的にやるべきだ。気合いが入っているから5連投だっていいじゃないか」と答えました。それで良かったのかどうかは分かりませんが,とにかく1500人中50人の関門をくぐり抜け合格しました。「これをやりたい」という強い想いと,「やりたいことをやるときに,くたばるわけない」という物事に対する態度を見てくれたのではないかと思っています。

――自分が学生だと仮定して,今入りたいと思う会社とは。

 “会社のことをあまり知らない学生”という前提でお話しすると,あまり古いものにとらわれずに,比較的面白いことや新しいことにチャレンジできて,しかも脇の堅そうな会社に入りたいと思います。自由闊達にして,創造性豊かなものを創り,生み出していくような経営者や管理者層がたくさんいる会社です。その中でもどちらかというと,プロダクト・オリエンテッドな会社やチャレンジャブルな会社に入りたいと思います。新しいことにチャレンジして,活発で,創造性豊かな,そういう会社を選びたいですね。

 ソニー出身で米Google, Inc.の日本法人社長の辻野晃一郎氏が9月のある講演で,「グーグルに行ったらソニーみたいだった」と言ったと聞きました。面白いなと思いました。つまり,自由な雰囲気があるということです。そういう会社は良いですね。

――最近はベンチャーに挑む若い人も増えてきましたが,「日本ではベンチャーは大企業の中でしか育たない」と,中村さんは常に言います。

 大企業の中には,様々な技術,人材,資金など,ベンチャー企業をやれる環境がそろっていることが多いからです。それを大いに活用して社内でベンチャーを立ち上げることを,もっと前向きに考えるべきと思います。

 例えば,「プレイステーション」の生みの親である久多良木健氏は,まさにソニーのインフラをうまく使うことで,社内ベンチャーを立ち上げたと言えるでしょう。ソニーの中にあった,半導体,画像処理,CD,ディスク・ドライブといった技術インフラを活用することで,ゲームの世界を一変させたのです。そして,1993年にソニー・コンピュータエンタテインメントを設立し,1994年に初代のプレイステーションを発売しました。

 社内の人だけでなく,社外の人がソニーのインフラを利用しようとした例もあります。あのBill Gates氏も,ソニーのインフラを使ってベンチャー・ビジネスを立ち上げようと,しばしば来ていました。身の回りを気にしない格好で,品川のビルの中を歩いていたんです。Gates氏の話は実際には実現しませんでしたが,テレビにCD-ROMドライブを付けようというものでした。ソニーの持つ販売網を利用して,ソフトウェア・ビジネスを広げようという話だったと思います。自分の夢のためには「大企業を利用してやれ」というくらいの気概を持って,実現へ進もうとするGates氏の姿勢には,大いに見習うところがあるでしょう。