缶サットに内蔵する制御用の組み込み回路は、米サン・マイクロシステムズの回路モジュール「Sun SPOT」を使う。この部品と空き缶、ビデオカメラは大会本部から支給される。それらを使った機体の仕様決めから開発までが、各チームの自由な裁量に委ねられる。

缶サットのイメージ
350ミリリットルの空き缶に、カメラなどを組み込む。写真は大会関係者による試作機
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 自分たちでキャリアの材料や解放機構を考え、空き缶の中にカメラ・モジュールやSun SPOTを収める。そして、上空で放出された缶サットを無事に地上に降下するためのパラシュートの形状…。マニュアルのない開発で各校の創造力が試された。

 「当初ははんだ付けの経験もない。テスタの使い方も知らない。あるのは開発メンバーのやる気のみで、想像を絶する基礎知識のなさでした」

 慶應高校で開発チームを率いた同校教諭の松本直記氏は振り返る。機器を組み上げる経験もなければ、キャリアや缶サットを制御するプログラミングの知識もない。ないないづくしの中で、手探りの開発が続いた。

切れない糸、実験できない環境

 「うーん、全然切れないよ…」

 夏休みの蒸し暑い教室で、慶應高校チームのメンバーが頭を抱えていた。

 キャリアに収納した缶サットを放出するには、ロケット打ち上げ後、上空で放たれたキャリアをタイミングよく分割する必要がある。キャリアを能動的に分割する方法は、外側に巻かれた木綿糸などを焼き切る原始的なもの。そのタイミングの制御などにSun SPOTを使う。

高校生が開発する缶サットの内部
缶サット競技では、上空に打ち上げるまで缶サットを収めておく「キャリア」と呼ばれる収納機構と、落下に使うパラシュートを含めた缶サット本体を開発する。缶サット内部には、地上を写すカメラと、制御用の組み込み回路「Sun SPOT」などが内蔵される
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 Sun SPOTの出力端子にニクロム線をつなぎ、事前に考えておいたタイミングで電流を流す。すると、ニクロム線は発熱し、その熱で糸が切れる、はずだった。だが、電源を入れても、ニクロム線が発熱する気配は全くない。もちろん、糸は切れない。電流はうまく流れているようなのに…。

 それもそのはず。ニクロム線が糸を切る熱を帯びるには、大きな電流が必要。Sun SPOTの出力は十数ミリアンペアで糸を焼き切るには十分でなかった。高校の授業では登場しない複数のトランジスタを使う増幅回路を作ることが必須だった。

 慶應高校だけでなく、同じ悩みをほとんどの高校が抱えていた。当時、参加校が登録するメーリングリストでは相談が飛び交ったという。急遽、秋田の大会本部から学生講師が派遣され、他校の生徒も交えた出張講習会が開かれた。その説明を聞き、生徒たちが回路を組むと、無事にニクロム線が赤熱。糸は焼き切れた。

 初めての大会で本部側にも高校側にもノウハウがない。競技とは言いながらも、実際は参加校同士が密に連絡を取り、協力し合うことで技術力を高めていた。本部側でも、秋田大の若手教員や大会に賛同する企業の技術者、学生などが手弁当で各校の取り組みをサポートした。

 その象徴的な例は、大会が間近に迫った2008年8月に桐生高校が実施したバルーンによる缶サットの落下実験だ。