実利と道徳のバランスも重要

 日経ビジネスでは2009年の新年号(1月5日号)の特集「ジャパン・イニシアチブ(日本主導)」の中で、「企業は実利と道徳の二兎を追うべき」というメッセージを発しました。経済的な実利は、株主の理解を得ながら会社が成長していくために不可欠なものです。しかし、世界金融危機の背景にあった強欲的な金融資本主義のように、儲けばかりに目がくらんで商売の原点を見失い、取引先や住民、社会への貢献といった考えがないような手法を使っていると、結果的には利益をも失ってしまうというしっぺ返しを食らう。やはり、バランスが大切ということです。

 実利と道徳の両立――。日本では元々、二宮尊徳の「報徳思想」をはじめ、近江商人の教えである「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)、近代日本経済の礎を築いた渋沢栄一が生涯にわたって説いた「道徳経済合一説」でも、この両立の重要性を訴えていました。モノとしての会社は利益を追求することが重要でも、ヒトとしてはモラルに反するようなことをして「人の道」から外れてしまってはまずいわけです。

 最近では金融危機に至った反省からか、米国でもこうした視点を見直しているようで、ニューズウィーク日本語版の6月24日号では「資本主義再考」という特集の中で、ファリード・ザカリア国際版編集長が「新・資本主義宣言 モラルある強欲こそ」というリポートを掲載しています。

 「100年に1度の不況」と同時に、経済・政治の歴史的な大転換点を迎え、経営者はいま、短期的な不況対応に奔走しつつ、市場や産業構造の変革をにらんだ中長期的な戦略を立てなければならない重大な問題に直面しています。極めて大変な時期ですが、腕の見せ所でもあります。

 花王の持続的な成長をけん引してきた後藤卓也前会長は「強くて良い会社」を目指して舵取りをしてきました。まさに、実利と道徳の両立ですが、経営者にとっては「見切る勇気」と「継続する執念」が大切であるとも言っています。この不況の中でどの事業からは撤退すべきなのか。一方、将来は大輪の花を咲かせる可能性がある研究開発はずっと赤字でも頑張って継続すべきではないのか。株価に直結するような短期的な実利をしっかり確保しながらも、中長期的に会社の資産をどう生かしていくかというバランスをとるため、経営者には強い意志と判断が必要だということです。