[0.05mm(TIR)]
種目:量産ナットの直角度
勝者:豊盛工業
自動車用変速機の軸は大きなナット1本で締めている。回転軸とナットの中心軸が合っているため設計には気を使う。車体が前進しているのにリバースギアにたたき込むような使い方をされると激しく逆転し,ナット自身の慣性モーメントによって抜ける方向に回される。緩む懸念がつきまとう。
当然,二重三重に緩み止めの工夫がされている。しかし,理想的なのはもともと緩まないこと。緩み止め機構はそれなりの寸法,質量,価格,工数を持つ。
「もともと緩まないナット」の必要条件は座面と軸の直角度が高いことだ。これが低いと座面の片当たりが発生する。ナットを締め付ける力は片当たりを解消するためのナットやボルトの変形に使われ,実際には座面の圧力が出ていないことになる。これは緩みにつながる。
豊盛工業(東京)は本田技研工業向けの変速機ナットを一手に納入している。1990年,直角度を高めるために現在の製法に切り替えてから既に700万個のナットを納入した実績をもつ。最大M42というナットを直角度0.05mm(TIR),しかも全数検査なし,保証水準4σで量産している(図1)。
同社はこの技術に自信を持ってはいたが,まさか「世界記録」とは考えていなかった。それが判明したのは妙なきっかけだった。本田がコストダウンの一環として2社,3社併注の方針を厳しく打ち出した。ある新車種を立ち上げる際にサプライヤー各社から見積もりを取り,入札をした。もちろん海外メーカーにも声を掛けた。
豊盛工業はここで負けた。名だたるネジの有カメーカーが安い価格を提示したからだ。ところがしばらくすると,落札したメーカーが納入を断ってきた。直角度の仕様が厳しすぎるというのだ。こうして,0.05mmの直角度で量産できるのは同社しかないということがはっきりした。同業他者,しかも仕事を奪われかけた相手に教えられた形となった。
本田以外のメーカーは他社のナットを問題なく使っている。逆に言うと本田だけがその直角度を要求している。一見オーバースペックに見えるかもしれない。しかし,緩まないという実績が認められれば,念のために残している緩み止め機構を簡略化できる。将来,回転部分を軽量化する,部品点数を減らす,といった明白な効果が表れるはずだ。
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【図1】 |
ワンチャックで加工
まず,従来の作り方を見てみよう。前工程で端面加工の済んだ素材を立てシュートで自動機に供給する。半割り治具の上に乗った素材に右からタップが入る。図2はその状態を示す。素材を引っ掛けて爪(つめ)の位置まで右へ運び,爪でチャックする。主軸箱とともに素材が回転し,タップ加工する。
できたナットはそのままタップの奥(図の右側)に送り込む。並んだナットの外径を主軸箱の穴の内径で保持する。その中にL字形のタップが浮いている。主軸箱から右へ抜けたナットはタップ回り止めと逆の方向に少し回してすき間を作り,取り出す。
よく見るとタップは左端のワーク,右端の回り止めに接触しているだけ。しっかり固定されている所はどこにもない。量産性を重視するあまり考えられた“豪快な”作り方だ。これでは高い直角度は望めない。
直角度を上げるにはタップを固定して加工したい。しかも端面とねじはワンチャックで加工したい。
タップ固定,ワンチャック。この2条件を満たすものとしてタッピングセンタが候補に上がる。ところがタッピングセンタには加工後タップを抜くという問題がある。タップを抜くために逆回転すると,たった今できた切粉が逃げ面に挟まり,必ずかみ込む。これではねじ面が傷み,変速機用ナットに要求される部品等級「AA」のねじ面を確保できない。タップを抜かず,ワークをタップの奥から取り出したい。
同社はタップを持ち替えることによってこれらの要求を満足する自動機を開発した。基本は旋盤。L字形でなく,短い普通のタップを使う。素材をチャックし,座面を加工し,続いてチャックしたままタップ加工に入る。タップは刃物台にしっかり固定する。完成したナットをタップの奥,つまり刃物台の側へ抜く。この時,タップを刃物台から一度外さないとワークは出てこない。そこで,タップの刃がある部分を仮につかみ,その間にタップを刃物台から外してワークを奥へ抜き,続いてタップを固定し直し,次のワークに取り掛かる。
同社はこの方法で実績を積み,改善を試みた。その結果現在より優れた方法を既に考案している。「もうまねをされてもそう痛くはない。だからここまでお話したのですよ」(専務の田中秀昭氏)と自信をのぞかせる。(1994年12月26日号)
(2004年8月 追記):改善の結果,図面指示0.05に対し,実力値最大0.025,平均0.01,工程能力Cp=6.3〜4.3で維持している。その後の10年間の納入数は,約6000万個,該当設備は現在36台保有し,立ち上がりから現在に至るまで,直角度に関わるクレームは一度も発生していない。
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【図2】 |
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