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第8回LSI IPデザイン・アワード「IP優秀賞」受賞者インタビュー
チップ間の誘導結合で
「Cell」プロセサの3.3倍の通信速度1Tビット/秒を実現

[2006/07/05]

 慶應義塾大学の三浦典之氏らは,無線によるLSIチップ間の通信技術でトップ・レコードを出した研究開発が評価され,2006年のLSI IPデザイン・アワード優秀賞を受賞した(図1)。開発したのは,チップ同士がオンチップ・コイル間の誘導結合を介して無線で通信する技術。実際に回路をチップに集積し,1024チャンネルがクロストークすることなく無線で通信できることを実証した(図2,表1)。しかも,試作したチップは極めて高い性能を実現している。通信速度は1Tビット/秒,消費電力は3mW/Gビット/秒すなわち3pJ/ビット,面積は1mm2/Tビット/秒を達成した(図3)。ここでは彼らの研究開発秘話を紹介する。

トップ・レコードの出発点
服部博行氏
図1:LSI IPデザイン・アワード優秀賞を受賞した慶應義塾大学博士課程三浦典之氏
 研究の出発点は,約6年前に慶應義塾大学教授の黒田忠広氏と東京大学教授の桜井貴康氏が,「無線で積層チップ間の通信を実現できないか」とそれぞれ別の方法で研究を始めたことだった。「携帯電話のような移動体通信とは違い,通信機器(この場合はチップ)同士の通信距離をゼロに近付けた無線通信を使えば,有線通信と同等の信頼性を保ったまま高い性能が出せるだろうというアイデアでした」と三浦氏は説明する。
 積層チップ間の無線通信には2通りの方法が考えられる。1つは容量結合を使う方法,もう1つは誘導結合を使う方法である。黒田氏と桜井氏は,それぞれ誘導結合と容量結合の可能性を研究した。まず,2003年に桜井氏が容量結合に関する論文を発表した。だが,最終的には容量間を極めて近距離にしなければ,容量結合の無線通信は実現が難しいことが分かってきた。
 そこで誘導結合への期待が高まり,桜井氏とNECの研究チームも参加し,誘導結合チップ間無線通信の共同研究が始まった。この方法は,一方のコイルに電流を流して磁場を変動させ,その磁場を打ち消す電流が他方のコイルに発生する原理を利用している。発生電流を検出することで情報を伝達できる。
「研究を始めた当初は,完成のメドは立っていませんでした。ただ黒田氏は10年以内に実用化できる,実用化すべきだと考えていたようです。私が担当したのは通信のコアになる部分で,データやクロックなどの通信方式や送受信回路の設計です。初めは,試行錯誤の繰り返しでしたが,2年目以降は順調に進みました」(三浦氏)。

 開発したLSIの特徴は,1つの送信チャンネルが1Gビット/秒の通信容量になっており,それを1024個並べることでトータルの通信速度が1Tビット/秒に達している点にある。通信速度は,2005年発表された「Cell」(ソニー,米IBM Corp.,東芝が共同開発したプロセサ。「PlayStation 3(PS3)」に採用されている)の3.3倍に当たる。
 研究開始当初から,1つのパッケージ内に複数のチップを入れるSiP(system in package)向け技術として取り組んできた。パッケージ内なら通信距離を短くでき,SiP全体の性能を向上させられる。三浦氏は,チップ間の距離とチャネル・ピッチを極端に狭めることで,高い通信速度を省電力および省スペースで実現できたと解説する。
 「研究はまず,誘導結合のためのコイルをチップ中に作ることで,コイル同士がどんな特性を持つかという研究から始めました。当時,チップ間でコイル同士が結合しているときにどんな特性を持つのかハッキリしていませんでした」(三浦氏)。三浦氏らは,その研究成果を2004年に発表した。発表した論文は,誘導結合のモデリングおよび,回路とコイルを一緒に実装した場合の性能評価をまとめたものだった。

ステップ・アップの2005年
 2005年取り組んだのは,チャネルの高密度化だった。その時の課題は,クロストークの削減である。無線による磁場の広がりが隣のチャネルに与える影響をどう取り除くかであり,目標は200チャンネルの通信を実現させることだった。
 実はこの目標には意味があった。2004年にソニーがマイクロバンプ技術を使って160Gビット/秒の通信速度を実現していた。2個の積層チップ間をハンダ・ボールで結合させる有線方式の積層チップ間通信技術であり,無線方式の技術としては良くも悪くも目標でありクリアすべき壁になっていた。「われわれはマイクロバンプを超える結果を出すことで,1段高い評価を受けられるようになると考えました」(三浦氏)。こうした背景から今回開発したチップの目標性能が決まった。「速度,消費電力,面積でトップ・レコードを出すことです。任意のチップ間の通信速度が速く,また必要とするチップ面積と電力も小さい点に重きを置いて開発に取り組みました」(同氏)。
 この結果,「最終的に,われわれは200チャネルを並列に配置し,クロストークを起こさずに無線で195Gビット/秒の通信速度を実現できました。マイクロバンプ技術との違いは,マイクロバンプではチャネルを60μmの間隔で構成していたのに対し,われわれはクロストーク削減技術を適用してチャネル間隔を50μmまで狭めることに成功した点です。結果としてマイクロバンプ技術を超える微細化に成功しました」(三浦氏)。さらに,「われわれの技術ではインタフェースを担うコイルはLSI製造プロセスで形成できます。機械精度で製造されるマイクロバンプより加工精度を高くできることは優位点の1つです」(同氏)。加えて,マイクロバンプ技術はチップの回路面を向かい合わせに配置する必要があるのに対し,三浦氏らの開発した技術は,チップの向きを自由にでき,2個以上のチップを積層することも可能になった。マイクロバンプ技術に比べて自由度や将来性で優れている。

IP優秀賞に至った性能と課題
 大学3年から始めた研究が5年目を迎えた今年,三浦氏がそれまでの研究をまとめる形でLSI IPデザイン・アワードに応募した。「初応募で優秀賞をいただくことができ,光栄に思っています。個人的にもすごく嬉しい。論文を評価されたことに加えて,実際に作ったチップに対する高い評価が得られたことで,今後の取り組みへのモチベーションが高まりました」(三浦氏)。
 ただし,課題もある。研究の出発点であり,性能を維持するためのキー・ファクタとなっている“チップ間の距離”である。今回は10μmまで薄く研磨したチップを使用してチップ間の距離を15μmに短縮した。通常のチップの厚みが250μ〜300μmであることを考えるとかなりの差がある。「目標性能は達成できたのですが,10μmの厚さしかない薄いチップが量産に耐えられるかという点で実用化に向けた課題を残しています。現実的には,もう少しチップを厚くする必要があると思います。チップが厚くなって通信距離が伸びても通信速度,電力,面積などの性能が維持できる技術を研究したい」(三浦氏)。小さいコイル(今回のチップでは直径30μm)で作った小さい磁場はコイルの直径と同じぐらいの距離までしか届かない。届かせるためには電力を上げ,クロストークを防ぐためのスペースを広げる必要がある。
 こうした課題を抱えつつも,無線によるチップ間通信の可能性は,既存の有線結合よりも高く,産業界への広がりが大きいことを予感させる。例えば,今回開発した技術がチップに穴を開けて積層する技術やマイクロバンプに勝る点として,コストが挙げられる。
 「われわれが作ったチップは,いわゆる回路ソリューションです。従来のチップ製造工程と比べて付加的なコストは発生しません。チップ内の配線でコイルを作るからです。また,積層チップ製造において重要なテストに関し,無線の場合はチップ同士を非接触で着脱可能な状態にしておけるのため,積層チップさせた状態で通信を含めたテストを実施して不良が見付かった場合は,誤動作しているチップだけを替えることができます。例えば,5個のチップを積層して,そのうち1個のチップが誤動作していることがテストで分かれば,そのチップだけを交換して,それ以外の4個はそのまま利用できます。有線の場合は接続した後にテストするため,5個全部が使えなくなります」(三浦氏)。

開ける将来性と研究者の道
 実用化に向けた応用分野のイメージについては,「通信速度が凄く速いことから,高い性能が要求される分野で活用できると考えています。例えば,高解像度の動画転送や動画処理です。また低電力・小面積なので携帯電話のように電力や面積を重視する機器にも有効です」(三浦氏)。
 同研究は課題がハッキリしていることもあり,今後の取り組みにも力が入ると言う。「研究を始めて2年間は,私が大学生であり,LSIのことを全く知らなかったので,本当にどうなることかと不安の日々が続きました。LSIの知識がゼロの状態で,3次元積層チップ間の無線通信という誰も研究していないテーマに取り組んだため,右往左往という感じでした。研究を面白いと思ったのは黒田教授の研究室に入ってからです。研究はジクソーパズルのようなもので,あるピースをはめ込むことで全体が見えてくるという感覚がありました」(三浦氏)。
 将来に関しては研究室の教授である黒田氏のようになりたいと言う。「教授と同じように,就職して産業界を経験してから,学術的な研究に打ち込みたい。LSIは産業界に密接に結び付いている技術です。産業界におけるLSIの研究開発に関する知識,視点,問題設定に関する考え方を経験しておきたいです」と,強い思いを込めていた。

図2:試作したチップ写真(受信チップ上に送信チップを積層)
試作したチップ写真

表1:試作チップの緒元
試作チップの緒元

図3:チップ間インタフェースの性能比較
チップ間インタフェースの性能比較




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